105日目 魔法回路実験:対人戦闘訓練【VS.キイラム先輩】
105日目
ギルの足からミントの香り……おっ、治ってるじゃーん?
ギルを起こして食堂へ。ルマルマの周囲にだけなぜかすっきり爽やかなミントの香りが漂っており、『なんか健やかな朝だな!』、『誰かアロマでも焚いたのかな?』、『いや、これはリンスを変えた可能性も……!』などと盛り上がっている人間がチラホラ。
そんな彼らを、察している人間は哀れな羊を見るかのような目つきで見ていた。もちろん、俺もその一人である。
ともあれ朝食を頂く。ミントティーを飲む気分にはなれなかったのでミルクティーをチョイス。甘さは控えめだけどその分味に深みがあって香り高く、すっきりごくごく飲めちゃうというからすごい。万人に受ける味って整えるの本当に難しいんだよね。
俺のお膝の上のちゃっぴぃも『きゅーっ♪』って美味そうにごくごく飲んでた。パレッタちゃんも『美味なり』ってごくごく飲んでいた。『俺のハーブティーの方が絶対美味いし』って言いながらクーラスもごくごく飲んでいた。『うめえうめえ!』ってギルはジャガイモを飲み物であるかのようにガツガツ貪っていた。今日も平和だ。
さて、今日の授業は魔法回路実験という名の対人戦闘訓練。『今日はみんなと一緒だよっ!』ってぴょんぴょこ跳ねつつ杖をコンコンしながら出欠を取るステラ先生が本当に可愛い。
『僕的には、今日だけと言わずこれから一生先生とご一緒したいのですが……』って嘘偽りのない事実を告げたところ、『そそそ、そーゆーのはロザリィちゃんに言ってあげなさいっ!』って先生は真っ赤になって俺の頭をぺしってしてくれた。もっと叩いてほしかった。
『プロポーズっぽい言葉なのに、なんでだろう……すごく不誠実に聞こえる……』ってライラちゃんが言っていたのだけはわけわかめ。こういうロマンチックな台詞って女の子の好物じゃなかったのだろうか? ミニリカの蔵書にはもっと甘ったるいセリフがこれでもかと書いてあったんだけどな。
ともあれ、早速授業。良い機会だし今回もティキータの誰かと組もうかな……なんて思いながら適当に辺りを見渡していたところ、『よぉ、俺とやろうや』って肩を叩かれた。
誰かと思えばキイラム先輩……なのはいいんだけど、なぜかこめかみに青筋が。どういうことなの。
『さすがに先輩のお手を煩わせるわけにはいかないので』って俺ってばクールに去ろうとする。が、なぜかみんなすでに互いの対戦相手を決めていた。ギルでさえゼクト&ライラちゃんとカードを組んでいる。一人寄越せと叫ばなかった俺を誰か褒めて。
『相手がいないんじゃしょうがねえよな? こういう時はアシスタントの上級生が組むってことになってるのも知ってるよな? まさか先生の手を煩わせるわけにはいかないからな?』ってキイラム先輩はすごんできた。
『おい、ノエルノ!』って叫ぶキイラム先輩。『まったく……』って呆れながらもノエルノ先輩がひょっこりと顔を出し、キイラム先輩にペンダント的なものを渡した。どこかで見覚えがあるデザイン……と思ったら、案の定『知ってるかどうかわからないけれど、これ、魔力を制限する魔道具ね。魔法的な枷だと思ってもらえれば』って情報が。
明らかに不機嫌なキイラム先輩はそれを受け取り首に掲げる。『いつでもこいよオラァ……! それともなんだ? ビビってんのか?』って安っぽい挑発までしてきた。
『あの人、とうとうロリコンを拗らせちゃったんですか?』ってノエルノ先輩に聞いてみる。『キミのところの夢魔、発情期ですごかったでしょ? なのに呼んでもらえなかったからって……』とはノエルノ先輩。
冗談のつもりだったのに大差なかったとか情けなさすぎる。なんであの人、こうも極端に残念なのだろうか。
ともかく、そんなわけで対戦開始。とりあえず様子見で吸収魔法の一発でもぶちかましてやろうか……と思った次の瞬間。
キイラム先輩がいない。どういうことなの。
『──こっちだ』って声が聞こえた瞬間、背中に尋常じゃない痛み。いつの間にか背後を取られた。咄嗟に後ろを蹴り上げて奴のタマをカチ割ろうと試みるも、既にキイラムは俺から距離を取っている。
『枷だけじゃハンデにならねえか? 杖を使う必要もなさそうだ』……なんて、キイラムは杖を懐にしまい、そしてファイティングポーズを取った。
どうやらあの野郎、ジオルドやグレイベル先生と同じような……体術の補助的に魔法を使う、どちらかと言えば武系よりの魔系らしい。
『うぉぉぉぉ!』、『すっげえええええ!』、『見えた!? 今の見えた!?』、『冒険小説みたいじゃん!』って周りの盛り上がりが凄まじい。なんであいつら、同期の俺の応援をしないのだろうか。理解に苦しむ。
そして再びキイラムの攻撃が始まる。二度目ということもあり、さすがに見失う……なんてことはなかったけれど、それでもキイラムの動きを目で追うので精いっぱい。
キイラムがやっていること自体は酷く単純。すごい速さで近づいて、すごい速さで攻撃して、すごい速さで逃げ行くってだけ。シンプル過ぎるオーソドックスなヒット&アウェイ。教科書通りのお手本のような戦法だったと言えよう。
だけれども、その速度が凄まじすぎる。俺が杖を構えようとすると攻撃して動作を封じてくるし、仮に杖を構えられたとしても、奴の動きが速すぎて狙いをつけることが出来ない。
いやね、もうね、マジで凄まじい速さで大地を駆けまわっていたよ。人を相手にしているというよりかはむしろ、獣を相手にしている気分だった。円状に動いてじりじりと距離を詰めるところなんて魔獣そっくりだったし。
それに輪をかけているのがあの人の攻撃手段。殴る蹴るといった基本的な体術でさえ、なんかやたらとワイルド。無駄にアクロバティックだったり大ぶりだったりするのに、その隙をスピードで強引に潰している。
演劇で見られるような演出過多の動きにも見えるし、すごく攻撃的な猿の動きにも見える。いずれにせよ、ギルのように筋肉の使い方を熟知しすぎている動きじゃなかったし、ラギのような武道のそれを感じさせる動きでもなかった。
あくまで体術は我流……魔法を構築するための一要素でしかないという証左に他ならないだろう。体術の補助的に魔法を使うと言っても、それは俺たちの物差しでの話であり、武系であるラギやヴァルのおっさんから見れば、魔法であることに変わりはないわけだ。
そして手足に隠しナイフでも仕込んでいるのか、時折ローブがすっぱりと切られる。あまり大きな切り傷じゃなかったことを鑑みるに、刃渡りそのものはかなり短いのだろう。おそらく、本来は暗器として敵の急所を的確に切り裂くもののはずだ。
ぶっちゃけルールに助けられている感が半端なかった。あの人、やろうと思えば最初の一撃で俺の首を掻っ切ることもできたわけだ。
あの人、もっと魔法使いらしい魔系だと思っていたのに。成績も良くて(ロリコンと酒に弱いことを除けば)かなり優秀な人だって評判なのに、まさかこんなワイルドでダーティー(?)なスタイルだったなんて思わないっていう。
その後もそんな感じでキイラムの攻撃は続く。俺の吸収魔法を警戒しているのか、あの人はひたすらにヒット&アウェイを徹底し、そして俺に攻撃の照準を合わせさせなかった。じりじりじりじりとしつこくしつこく攻撃してきて、決して隙を見せない。
もちろん、俺のダメージはどんどん増えていく。体中を打ちのめされ、魔法の精度も落ちてきた。上級生相手とはいえ、まさか一撃入れることすらできないとは。
悔しかった。マジで悔しかった。ロリコンなんかに負ける自分が情けなくて仕方なかった。
『魔系のお手本みたいな戦い方だよねー……。相手の長所を確実に潰して、自分の得意を押し付ける。華やかさはないけど、凄く堅実で確実。これだけ有利な状況なのに油断せず、最適の行動を集中を切らすことなく続けている……みんな、ちゃんとよく見ておくんだよ?』ってステラ先生の台詞が聞こえてきたとき、俺の中の何かがブチって千切れた。
よりによって、よりにもよって、ステラ先生の前でカッコ悪い姿なんて見せられるはずがない。ましてや相手はあのロリコンだ。
例え差し違える一歩手前になろうとも、必ずや顔面に一撃をいれてやろうと心に誓った瞬間だ。
そして、思ったら確実に実行に移すのが魔系のやり方だ。
『オラァ!』って思いっきり足元に魔法をぶっ放す。土魔法要素と風魔法要素を込めたスペシャルな一発。『きゃあっ!?』って周りから悲鳴。土煙がもうもうと立ち込めて、みんなの視線を塞いだ。
次の瞬間にダッシュで移動。もちろん、相手に場所を悟られないため──ではない。
自分に対して吸収魔法。自分で自身の魔力を自己吸収し、俺の体から魔力を──吸収魔法要素を根こそぎ奪う。そして、元いた場所にその魔力の塊を設置した。
土煙によって周囲の見渡しは効かない。『おい、どうなってる?』、『そんなのわかんないよ!』、『口に砂入った!』、『目、目にゴミがぁ……!』、『土は余計だったろうよ……ッ!』って言葉から、それは疑いようがない。
そして、俺の魔力はほぼすっからかん。その代わり、俺の魔力の塊がちょっと先に置かれている。
下級生なら、視界を塞がれた段階で索敵を諦める。防御を固め、土煙が晴れるのを待つだろう。
だが、上級生がそんな甘っちょろいことをしてくれるとは思えない。例え視界が塞がれようとも、これ幸いとばかりに攻撃を入れてくるはず。
じゃあ、どうやって攻撃対象を探知するのか。
もちろん、魔力を感知して、である。
だけど、今の俺は魔力を纏っていない。じゃあ、魔力を感知したキイラムは何を攻撃するか。
そう、俺の吸収魔法要素の塊だ。叩いたところでダメージを与えるどころか、逆にダメージを負ってしまう危険すぎる代物だ。
で、奴がひるんだ隙にテッド&ヴァルのおっさん仕込みの喧嘩殺法で奴を仕留める──って言うのが俺が考えた作戦。実際、単純な殴り合いならば、勝てる自信が俺にはあった。
だけど、そうはいかなかった。
土煙の中。ひゅっと風を切る音。俺の魔力塊に反応。反応した瞬間、即座に動いて奴の顔面に一発ぶち込もう──として。
ぱしって、正面から拳を受けられた。
慌てて反対の手で殴りかかる。受けられた。
蹴り上げようとする。蹴り上げる前に足で押さえられた。
右手、左手、右足が拘束された。残る左足だけじゃ、ろくに攻撃できない……というか、手足を押さえられているせいでまともに動くこともできない。
そして俺の魔力はほぼすっからかん。絶望。
もうもうと立ち込めていた土煙が晴れていく。
『悪く無い手だったぜ? ──相手が俺じゃなかったらな?』って、キイラム先輩がそこに立っていた。
『うぉおおおお!』、『な、なにがあったんだ……!?』。『すっげええええ!』、『やだ、ちょっとカッコよくない……!?』って周りの盛り上がりが凄まじい。俺のメンタルブレイク寸前。
『視界を塞ぐところまでは普通に考えられた。だけど、逃げるだけじゃなくあえて……それも、自らの魔力を捨ててまでトラップを仕掛けるってのは焦った。俺がお前の立場ならそこまで出来なかった。……いや、こいつはマジに一瞬肝を冷やした』ってキイラムはひょうひょうと告げる。
『さすがのお前も、動きを封じられて魔力も無ければ……もう、どうしようもないな? ……お前の中に夢魔の匂いもしない。外部からの干渉も無しだ。完全に手詰まりだろ?』ってあの人は勝ち誇ったように(実際その通りなんだけど)笑う。
『杖を突きつけられないから、審判はこの段階じゃ判定できない。……だけど、このまま俺が適当に魔法を使えば、間違いなくお前の負けだ。俺としては、素直に降参することを進めるけど?』って奴はつづけた。
事実、俺にはもうどうしようもなかった。せめて魔力があれば……いいや、腕のどちらかさえ動けばって思った。肩を外して脱出を試みようにも、拳をがっしり固められてしまえばそれも叶わない。頭突きをかまそうにも、この体勢じゃろくに威力は出せない。
当然のごとく、自分から参っただなんて言えるはずもない。『止めを刺すの、ビビってんですかぁ? というか、杖無しのこの状況でまともに魔法なんて使えるんですかぁ?』って最後に煽る。
これで少しでも心を乱して隙が出来れば……って思ったけれど、『そっか。じゃ、終わりだ』ってあの人は表情一つ変えずに口をパカッと開けた。魔力が集中しまくりんぐ。ヤバい。
まさかこいつ口から魔法が撃てるタイプなのか、ワイルドに器用なことしやがって、ちょっとマジでこいつはシャレにならねえぞ……などといろんなことが一瞬で頭によぎり、そして。
キイラムは『ぐふぇぁッ!?』って唾を吐き出した。ばっちい。
『な、なん、これ……!?』ってよろけて奴は膝をつく。当然、俺は自由に。このまま適当に脚を振り上げるだけで、キイラムをノックアウトできるのは確定的に明らか。
『体が……重い……ッ! 魔法も……重……ッ!』ってキイラムはギリギリと歯を食いしばりながら俺を見上げてくる。そして、ハッとしたかのようにして後ろを振り返った。
『ノエルノ! てめえ、はめやがったな!』って叫ぶ。いったいどういうこっちゃ?
『ごっめーん! うっかり先生用の枷を渡しちゃってたみたいだ!』ってノエルノ先輩は超笑顔で答える。『間違えるようなデザインしていないだろ!』ってキイラムの叫びに、『実はさっきぃ、ステラ先生が「学生用の枷の方が可愛い」って言っててぇ? 鏡魔法で見た目だけ変えていたから、その時かもー?』ってなんの悪びれた様子も無く語りだす。
ステラ先生、『ぴゅ、ぴゅ~♪』って目をそらしてへたっぴな口笛を吹いていた。そんな姿もプリティ&キュートだった。
先生のローブのぽっけから、どこかで見た覚えのあるクッキーセットが見えていたのは見なかったことにしておこう。
ともかく、どうやらノエルノ先輩がキイラムに渡した魔力の枷、学生用のそれじゃなくて先生用のやつだったらしい。先生用のそれを鏡魔法でコーティング(?)して見た目を変える&効果を弱めたノエルノ先輩は、ちょうどいい感じの所でそれを解除したそうな。
『勝ち誇ったところで逆に絶体絶命になる……最高に愉快だと思わないか? あいつにはそれくらいのお仕置きが必要だし、魔系は常に周りを疑って生きるべきなんだ。……これ、私から君たちに贈る言葉だ。一番大事なことだから、よく覚えておいてね』ってノエルノ先輩は言っていた。できればもう何週間か早くに教えてほしかった。
結局、勝負としては引き分けということに。本当は俺が倒れて動けないキイラムに殴る蹴るの暴行を加えるつもりだったんだけど、ステラ先生が『あの……その……先生も加担しちゃったようなものだから……ね?』って涙目になって止めてきたんだよね。
なんか、今更になって罪悪感で一杯になってしまったらしい。魔系とは思えないくらいにピュアだから先生はすごいと思う。
夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。雑談中、『なんだかんだでやっぱ先輩ってすごいな』って話で盛り上がる。基本的な能力が俺たちより優れているのはもちろんだけど、戦い慣れしているというか、状況への最適解を見つけ出す能力が半端ない……しかも、結局どんな魔法を使っていたのかよくわからなかったしね。
というかそもそもとして、俺たちは対魔物の戦闘経験は多くても、対人の戦闘経験はあんまりなかったりする。そういった意味で、(おそらく)人との戦闘経験も十分にある相手とは相性が悪いのだろう。まぁ、普通は人と戦うことなんてないんだけどさ。
ふう。なんだか妙に文章が多くなってしまった。どうも戦闘訓練があると冗長になってしまうから困る。一瞬の間にいろんなことが起きるから、文章で表すとすごく読みにくくなるんだよね。
……ちょっと一年目の日記を読み返してみたけれど、ギルと戦った時はもっとすっきりしていた。日記にこうものめり込んでしまうなんて、俺も甘ちゃんになったのかもしれない。
ギルは今日も健やかに耳障りなイビキをかいている。鼻には賢者の枝でも刺しておこう。おやすみ。