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103日目 発展魔法陣製図:課題の提出(憤怒の報せ)

103日目


 水の糸が水の毛玉になっていた。それだけ。


 ギルを起こして食堂へ。今日はなんとなくそんな気分だったので俺特製キャラメルマキアートを飲むことにした。ただ、俺ってばついうっかり甘くしすぎちゃったし、不覚にも多く作りすぎてしまうという大失態。絶望。


 で、所在なさげに膝をポンポンと叩く。しかし何も起こらない。ふとロザリィちゃんの方を見てみれば、ちゃっぴぃのやつは朝飯の時間なのに、ロザリィちゃんの膝の上で『きゅーっ♪』ってハートフルピーチのジュースを飲んでいやがった。しかもロザリィちゃんと間接キス。


 主人のピンチに助けに来ない使い魔とかどうなっているのか。一度主人の顔を見てみたいものである。


 ただ、良い子の使い魔はいなくとも、慈愛溢れる女神はいた。『うめえうめえ!』とギルと共にジャガイモをやけ食いしていたところ、『いらないならもらっちゃうぞっ!』ってロザリィちゃんが俺の隣に。一瞬辺りを見回して、さっとグラスを掴んだ。


 で、少しグラスを回してからグイッとそいつを呷る。冷たい飲み物を飲んでいるはずなのに、どんどん顔が真っ赤になっていくところが最高に可愛い。


 飲みきった後、ロザリィちゃんは上目遣いで『しーっ!』ってくちびるに指を当てていた。『……や、やる方も恥ずかしいんだからねっ!』とのこと。


 『いらないなら欲しいって言ったのはキミじゃなかったっけ?』っていじわるを言ってみる。『の、喉が渇いていたからしょうがないの!』って返された。あわあわしながら言い訳を言うロザリィちゃんも本当にステキすぎて、頭が真っ白になったよね。


 だけど、俺はいささかやりすぎてしまったらしい。『いじわるなことを言うのはこの口かなぁ?』ってロザリィちゃんに口をふさがれてしまった。もうキャラメルマキアートな気分じゃないのに、口の中が全力でキャラメルマキアート。


 『……今はこれくらいで勘弁してやろう!』ってロザリィちゃんが許してくれるまでそれが続いた。ロザリィちゃんの愛は時に暴力的だと実感した瞬間である。


 さて、今日の授業はシキラ先生の発展魔法陣製図。だいぶ前から予告されていた通り、今日は今までの課題の提出をするだけ。シキラ先生も『さっさと出してさっさと終わろうぜ! そうしねえとサボれないじゃん!』って妙にノリノリ。


 ともあれ、言われたとおりに課題を提出する。なんだかんだでいろいろあったけれど、きちんと提出まで持ってこれたのは僥倖。ポポルやミーシャちゃんもいつのまにやらきちんと課題を片付けていたようで、(クオリティはともかくとして)みんな不足なく提出することが出来ていた。


 ただ、図面を受け取る度にシキラ先生が『お? お前、これでいいの? マジでいいの?』、『ほーん……ふむぅ……なるほどねぇ……』、『……まぁ、お前の人生だしな』、『……名前の記入は綺麗だな!』……だなんて言っていたのが本当に怖い。キート先生もそうだったけど、どうして先生方は課題提出時にこうも驚かしてくるのだろうか。


 ポポルやミーシャちゃんなんて、『いっそ一思いにやってくださぁい!』、『せ、性格悪いの……っ!』って半ベソになってたしね。女子の一部は『そろそろ本当に出るとこ出ますけど?』って開き直っていたけれど。


 で、なんだかんだで全員提出完了。シキラ先生は課題の数を確認。『とりあえずパッと見る限り大きな問題はなさそうだな! これからどれだけ減点できるか今から腕が鳴るぜ!』とのこと。普通は先生って教え子がいい成績を取ることに喜びを見出すものじゃないのだろうか。


 さて、そんなわけでさっさと帰ろうとしたんだけど、『課題提出ってだけじゃアレだから、最後にちょっとした図面に関する講義を軽くやって終わりにする』と珍しくシキラ先生がまともなことを言い出した。一応は授業時間として枠をとっているため、それなりには体裁を整えておかないと学生部がうるさいらしい。


 『ちょっと真面目に話をするぞ』ってガチめのトーンで語りだすシキラ先生。自然とみんなの意識が引き締まり、背筋がピンと伸びる。空気が一瞬で切り替わったというか、【あっ、これマジなやつだ】って本能で感じたんだよね。


 『なんだかんだでいろんな魔法陣や魔法要素を作図してもらった。魔系の必須技能とは言え、ここまで来るのに辛いことや苦しいこともたくさんあっただろう。一教師としてお前らに必須技能を叩きこめたとは思っているし、お前らにそれ相応の能力を身に付けさせられたとも思っているが……しかし、もうちょっとお前らにとって良いやり方もあったんじゃないかとも思っている。そういった意味では俺の実力不足があった。まずはそこを謝りたい』


 まさかいきなりこんなことを言われるなんて、誰が思ったことだろうか。あのパレッタちゃんでさえ、ぽかんと口を開けていたよ。


 『今の話を踏まえたうえで、改めてお前らに伝えたい。……お前らは、このクソ面倒な製図の授業を一人として欠けることなく乗り切った強者だ。逃げることも諦めることも無く、最後までやり通した逸材だ。自信を持て。誇りを持て。自分はこれだけのことをやり遂げたのだぞと──大いに自賛しろ』


 なんかすっげぇ壮大なムード。いつものシキラ先生とは思えない真面目な語り口で、めちゃくちゃこそばゆくてうれしい言葉をかけてくれた。これだけでもう、なんか教室全体が感動的な空気に包まれて、まるで卒業式に立ち会ったかのような気分に。


 そして、シキラ先生は最後に特大級のドラゴンの糞を落としていった。



『お前らは本当に……本当に……最っ高のバカ野郎だよな!』



 いや、マジで上述した通りの言葉をあの人は言った。それどころか、腹を抱えてゲラゲラ笑う始末。まともに呼吸が出来ていないレベル。


 正直俺たちみんな何が何だかわからなかった。褒められたと思ったらわけわかんないうちに貶されて、そして当の本人はただひたすらに笑っている。理解しろと言うほうが無理な話だ。


 『わけがわからないので、理由をお話し願えませんか?』って俺がクラスを代表して紳士的に問いかける。シキラ先生はヒーヒー笑いながら、『無知って怖いよなぁ……! まぁいい、お前に話すのが一番ふさわしいか』って俺の図面(マジックスパーギヤ)を突きつけてきた。


 『お前の牙数めっちゃ多かっただろ? ……うん、確かに良く描けてるよコレは。一個一個が丁寧に仕上げられてる。マジですげえと思うよ』ってシキラ先生はクラスのみんなにそれを見せつける。


 俺がよなべしてちまちま仕上げたギヤの牙数は200。手間がかかりまくりってレベルじゃない。すごく細かい。ミニリカなら老眼で見えないって文句を言うレベル。もっと褒めろって思った。


 『お前、これ仕上げるのにどれくらいかかった?』とはシキラ先生。聞いてきたくせに、『いや、答えなくていい』と即座に俺の口を止める。そして、『俺なら倍以上の牙数を持つマジックスパーギヤでも一瞬で終わるけど』って自らペンを持ち、新しい製図用紙を出して──。


 丸描いて、丸描いて、一点鎖線で丸描いて──要目表の牙数の欄に【400】って書いた。


 もう一度言おう。丸を三つ描いて、要目表に数字を書いた。牙の一つも描いていない。


 『──略画法って知ってるか?』ってドヤ顔で言われたとき、マジでぶん殴ってやろうかと思ったよね。


 『仮にも教師である俺が! 公平公正、公明正大をモットーとする教師である俺が! 個人ごとにあからさまに労力の違い過ぎる課題を出すわけねえだろ! こんなの略画法で適当に丸を描いて要目表に言われた数値を書けばそれで終わりなんだよ!』ってシキラ先生はマジで腹を抱えてゲラゲラゲラゲラゲラゲラ笑っていやがった。


 一方でルマルマのメンツはヤバい感じに。『これ描くの……すっげぇ大変だったのに……!』、『細かすぎて……インクが染みて……何度も描き直して……完成間近でインクが……』と、何人かの顔が死に、『肌を犠牲にしたのに……ッ!』、『これのせいで休日だって遊べなかった……ッ!』、『苦労を返せよ……ッ!』って何人かの顔が激昂した竜王のようになっていた。


 そして、シキラ先生の言葉による攻撃は止まらない。



『お前らもちったぁ考えろよな! 誰が好き好んでこんなクソ面倒くせえのわざわざいちいち描くんだよ! 誰だってそんなのやりたくないに決まってるだろ! だったら抜け穴があってもおかしくないだろ!?』


『あんな偏りのある課題を出したってバレたら学生部がうるせえに決まってるだろ!? お前ら、俺の性格だって知ってるだろ!? わざわざサプライズ演出までしてやったんだ、何かありそうだって思わなかったか!?』


『というか、普通に教科書読めよ! 図書館で本でも借りて勉強しろよ! 勉強ってのは楽をするためにやるんだぜ!? 「一番良いやり方を調べたり考えてから行動する」ってのはどんな時にも言えることだろ!? 誰一人として教科書を読んでいないとか、先生としてマジで情けなくなってきたぜ!』



 言われたことがほぼ正論で反論できないから腹が立つ。実際、教科書をちょっと読み込めばすぐに略画法の記述を見つけることが出来た。設計便覧にも普通に載っている。そりゃあ、一番前の目立つところってわけじゃないけれど、順繰りに読んでいけば普通にわかるところにあった。


 結局のところ、あのマジックスパーギヤの課題は一番面倒臭そうに見えて、実は一番簡単な課題だったってことである。俺やクーラス程度の腕前があれば、普通に授業時間内に終わっていてもおかしくない。そうでなくとも、休みを一日使えばお釣りが来ていただろう。


 だのに、俺たち全員あの製図に一番時間をかけていた。書き方そのものはわかっているけれど、単純に量が多いから正攻法じゃなきゃ突破できない一番の強敵として……ずっとずっと、みんながそれに悩まされていた。


 気付いてしまえば、一瞬で終わった課題だったというのに。


 『ま、アレだよ。俺が言いたいのは予習と自習をしっかりしろってのと、魔系は常に周りを疑って生きろってことだ。……この道を選んだのはてめえらだからな? 一生それに苛まされるだろうが、恨むなら自分の選択を恨むんだぞ!』……だなんて言ってシキラ先生は授業を締めくくった。


 締めくくった瞬間に全員が全力で先生に魔法をぶち込む。『選択しないという選択で後悔したくない』、『動かないで後悔するより、動いて後悔する方がマシ』……ってみんな死んだ目で言っていたけど、ただ単に憂さ晴らししたかっただけだろう。俺だってそうだ。


 夕飯食って風呂入って雑談して今に至る。製図でのショックがあまりにも大きかったからか、雑談はあまり盛り上がらず。授業終了後にぶっ放した魔法が尽く破壊されていたのもショック。常にカチコミや闇討ちを警戒しながら──あまつさえ、それを楽しみに生きている人間が俺たちの先生だなんて、この世は本当にあんまりである。


 寝よう。寝てすべて忘れてしまおう。イビキをぐうすかかいているギルの鼻には忘却の粉を詰めておく。おやすみなさい。

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