取材その8ーリーガルの達観
「リーガルッ」
カーズの前に身を滑り込ませたリーガルの肘に、深く剣が刺さっていた。
「ぐぬぉあ!」
リーガルは剣が刺さった肘の筋肉をぐっと締め、抜きづらくしてから渾身の力でギルバートの胸を蹴る。そのままカーズを巻き込み床へ倒れた。
「撃て!」
ウィークラーが短く叫んでギルバートへ銃口を向けた。引き金を引いた瞬間、ギルバートの姿が頭から溶けて消える。隊員たちの拳銃が一斉に火を吹くが、床と壁に無数の穴を開けただけだった。
「次に会うときには躊躇いを捨てろよ、カーズ」
一言を残して、ギルバートは酒場から完全に姿を消した。
消えたギルバートを追ったハヤミから、妖気を見失ったという報告をカーズはリーガルを運び込んだ病院で聞いた。
ミズホ国の『デンキ』や『珠玉』たちは、妖魔の発する妖気というものが見えるらしい。人の発する気配と似ていて、宿主や妖魔によっては上手く隠してしまうとハヤミが言っていた。
「物を握れなくなる可能性があるんだとよ」
病室のベッドに背を預けたリーガルは、にっと白い歯を剥いた。
傷そのものは治るだろうが、問題は肘の腱と神経を断裂したことだ。
傷が治っても相当な痛みが出たり、力が入らなくなるらしい。
「ま、どっちにしろ、リタイアだな。俺にはいい潮時だぜ」
リーガルはさばさばと無事な片手を振った。
リハビリには相当な時間がかかり、例え後遺症が軽くとも妖魔と戦うことは厳しいだろう。
「……リーガル。すまなかった」
「おいおい、よせよ。隊長さんよ」
頭を下げるカーズに大袈裟に溜め息を吐いた。
「自分のせいだとか、償おうとか思うなよ、カーズ隊長。あんたがレイブンの店の資金出して、すっからかんなのは知ってんだぜ。嫁さんも貰ったばかりだろが」
夜が明けた窓から入る光が、リーガルの黒い肌に巻かれた包帯を白く浮かび上がらせている。壁もベッドも白い病室に、リーガルの姿だけが黒い彩りを添えていた。
「ったく、何もかも背負いこもうとすんじゃねえよ。こっちが迷惑だっつんだ。チッ、あんたの悪ぃ癖だぜ」
半身を起こし、リーガルはベッドへ行儀悪く胡座を掻いた。不機嫌そうに白い歯を剥いてみせる。
「人生は博打みたいなモンだ。どう転ぶかなんて分かりゃしねえ。俺はあの場で自分の心に従って行動した。賭けた結果が、勝ちだろうが負けだろうが、後悔も文句もねえってのが俺の信条なんだよ。こればっかりはあんたにもどうこう言わせねえぞ」
胡座を掻いた足を苛々と貧乏揺すりしてから、リーガルはむっつりとカーズから顔を背けた。
喉から出かかった謝罪の言葉をカーズは飲み込む。今それを言うのは無粋だ。それはリーガルという男を貶める。
カーズはただ無言で頷いた。窓の外へ顔を向けているリーガルからは見えなくとも、伝わっているだろう。そんな確信があった。
「俺はこんなだからな。家族と折り合いが悪くてよお。大喧嘩して飛び出してきた訳よ。そんで夢見て都会に出てきたものよお、へっ、そう簡単にはいかなかったな」
あくせく働く日雇いの重労働はリーガルの性に合わず、路地裏で燻っていた。同じような連中の一人が宿主となり、なす術もなく殺されるところをカーズたち第二部隊に助けられた。ここで命を拾っても少し寿命が延びただけだと溢したリーガルへ、なら第二部隊へ入るかと言ったのはカーズだった。
「田舎に帰って家族に頭下げりゃあ、何とかなる。嫌って逃げてた農業を継ぐのも、今はいいもんだと思ってるしよ。右手が使えなけりゃ、左手がある。ま、死ぬことを思えばなんだってやれらあ」
第二部隊に入ってから、馬鹿にしていた普通の生活がいかに幸せかを知った。家を飛び出したことも、路地裏で燻ったことも、第二部隊に入ったことも、リタイアすることも、リーガルに後悔はない。
リーガルは賭け事が好きだ。給料が入れば最低限の生活費以外は殆どつぎ込む。勝ち負けの是非には執着しない。どちらになるか分からないあの感覚が好きなのだ。
自分のしたいようにし、結果がどう転ぼうとも割りきるのがリーガルの生き方だった。
「辛気臭え顔すんな、隊長さんよ。俺のリタイアはよ、自業自得だと思うぜ」
思ったよりも居心地が良かったから第二部隊にいたが、リーガルは別に拘ってもいなかった。第二部隊の悪評もどこ吹く風だ。いちいち真面目に受けとるカーズのような奴は損だと思う。
「正直、第二部隊の悪評も、あんたが拘る『消耗品』ってやつも気にならねえ。そう言われてもしょうがねえ奴らの集まりじゃねえか、俺らはよ」
窓から視線を剥がしたリーガルは、厚い唇を大きくつり上げた。
「俺ぁ、帰ろうと思えば帰る場所がある。他の奴らに比べりゃあ、幸せなもんだ」
「ああ、そうだな」
やっと出た一言がこれかとカーズは苦笑した。
「ま、悪いと思うならここの入院代は頼むわ。この間スっちまって金がねぇんだ」
「分かった。それはいいが、これからは賭け事も大概にしろよ」
「あぁ? 聞こえねぇよ」
ここからは他愛もない言葉を交わし、カーズは病室を後にした。