取材その7ーギルバート前隊長の堕落
一年前、中級妖魔との戦闘で妖魔に吹き飛ばされたギルバートは背骨を強打、脊椎を損傷して右半身麻痺となった。再び戦うどころか日常生活ですら支障が出る状態で、ギルバートは第二部隊を退役した。
直に五十にも届こうかという年齢から、体力の衰えもあった。
どちらにしても退役は間近で、本人もその時に備えていたのが救いだった。
荷物を纏めて庁舎から去る時、呂律が怪しく聞き取りにくい声で、ギルバートは悔しさを滲ませた。
「お、俺ぁ、しにゅまでた、戦ぁいたかったあぁ。あと、はぁ、たのんどぁあ、ぞ」
いつも不敵に笑い、隊員たちをからかい、戦場での柱だったギルバートが、足を引きずり小さな体躯を丸めて出ていく様は、カーズの目に焼き付いた。
その後、カーズを含め隊員たちは時折ギルバートの元へ訪れたが、ギルバートは見る影もなく酒に溺れていった。
「ぼさっとしてんじゃねえ! 構えろ! チャンスがあったら撃て!」
リーガルの吼えるような低い声が、カーズの耳を打つ。
「相手が誰だろうと関係ねえ! 宿主と妖魔は始末する。いつも通りだろうがっ!」
リーガルの言葉は隊員たちへの叱責であり、リーガル本人の割りきりであり、カーズへの喚起でもある。自分の立場を思い出せ、と。
「そうだ! 撃て! 俺を仕留めてみせろ!」
ギルバートの目が爛々と輝く。共に妖魔と相対する度に頼もしいと思わせてくれた、あの不敵な笑みで、斬りかかってきたリーガルの剣を受け止める。
ギルバートの体は第二部隊の中では小柄だ。対するリーガルは南の狩猟民族の血が色濃いため、体躯も大きくバネもある。訓練でリーガルの相手をした時、腕が痺れるとギルバートはぼやいていたものだ。
ガイン! 上から振り下ろしたリーガルの剣と、迎え打ちに逆袈裟に振り上げたギルバートの剣が、重みのある金属音を鳴らした。
「ぐおおおおっ」
そのまま押し込もうとリーガルが額に青筋をたてる。制服の上からでも、リーガルの盛り上がった筋肉が分かるほど力を込めているのに、びくともしない。
妖魔の影響か。ギルバートは右半身麻痺の影も形もないどころか、現役時代よりもパワーがあるのだう。
「うお!」
小さく引かれてリーガルがたたらを踏んだ瞬間、ギルバートが離れる。そこへ銃声が響いた。
膠着状態を好機と見たウィークラーが、ギルバートへ向けて発砲したのだ。避けられた銃弾は、棚の酒瓶を破壊した。ウィークラーに追縋した隊員たちが次々と銃声を響かせ、派手な音と共に硝子瓶の破片と酒が飛び散っていく。
「はははっ! 流石だお前ら!」
ギルバートは店内を走り、的を散らせた。速い。これも妖魔故の身体能力だ。
「うおわっ」
慌ててウェルドは入り口横の床に伏せた。流れ弾に当たっては堪らないと、なるべく隊員の後ろ側へ回ろうとそろそろと動く。
「あんたはアタシの後ろにでも隠れていなせェ」
ウェルドの前にハヤミという男が立った。
無造作に下げている抜き身の刀は細い。妖魔相手にそんなもので大丈夫なのかという言葉は、喉の奥にとどめた。
「ぬおおお!」
銃弾を避けて突っ込んできたギルバートに、リーガルが水平に剣を振り抜く。
胴を薙ぎにいったその攻撃を、ギルバートは膝を曲げて低くかわした。そのまま地を這うように下を掬い上げる攻撃へ繋げる。
「リーガル!」
カーズは後ろへ跳んで避けようとしていたリーガルの襟を掴み、思い切り己の方へ引き込んだ。
ブン! と唸りを上げてギルバートの剣が、リーガルの足の数センチ先を通り過ぎていく。体勢を崩して後ろへ倒れたリーガルの代わりに、カーズが前へ出る。
返す刀でギルバートが斜めに斬り上げた剣を、流して弾きながら肉薄した。剣を流されたギルバートの懐が開く。カーズは振りかぶった剣をギルバートの脳天に叩き込もうとして。
ほんの一瞬、躊躇った。
迷いは刹那。命のやり取りの場で、その刹那は致命的だった。流れた剣を翻しつつ足捌きで身を半回転させ、カーズが振り下ろす剣を避けたギルバートは、真っ直ぐに剣を突き出した。
瞬間のズレを経て、カーズの剣が先程までギルバートのいた場所へと到達する。
渾身の力で振り下ろした剣は虚空を薙いで床を叩いた。ギルバートの刺突が迫ってくるのが、やけにゆっくりと感じた。
避けろ、いや間に合わない。
防御、無理だ。
剣を振り下ろしてしまっている。ここから避けるなり防御の体勢を取るよりも、ギルバートの剣の方が速い。回りの風景と同じく、カーズもゆっくりとしか動けず、危機に陥ったが為に意識だけが加速している。
「クソがっ!」
リーガルの吼え声と同時に、今度はカーズが引っ張られた。これでも間に合わないと、カーズの意識が冷静に判断していた。ギルバートの剣はカーズの心臓を貫くだろう。
ドスッという、剣が肉に刺さった鈍い音が店内に響いた。