取材その6ー宿主の出現
弾かれたように走り出したカーズの後を、ウェルドは慌てて追いかけた。
「もう少しゆっくり走りやがれってんだ、糞!」
早くも息が上がったウェルドは、悪態を吐いて必死に手足を動かすが、カーズとの距離は少しずつ遠退いていく。
幸いなことに、現場はさほど離れていなかった為、ウェルドがカーズを見失う前になんとか到着した。
「隊長!?」
驚いて声を上げる第二部隊隊員にカーズは短く「状況は?」と聞いた。
そこはよくある小さな酒場だった。
店主は隅に縮こまっており、食べかけの料理や飲み残されたジョッキが、テーブルの上に置かれたままだ。引っくり返ったテーブルと椅子が一対ある。客は逃げた後のようで、店主と隊員以外に人はいなかった。
「酒場で酔って喧嘩の挙げ句、刃傷沙汰に発展。生まれた妖魔は中級、能力はまだ分かりません」
戸惑ったのは一瞬で、直ぐ様端的に情報を伝える。宿主や妖魔を相手にしている時、迷いや躊躇は命取りになる。
隊員たちは、情況に応じて柔軟に対応し、素早く的確に判断することを叩き込まれていた。
「ああ? おい、隊長さんよ。仕事熱心も大概にしろよ。今日は非番だったろうが」
黒い肌にスキンヘッドという厳つい外見の男が低く唸った。
「リーガル、世間話は後だ。能力が分からないということは、まだ発現していないのか」
スキンヘッドの男の横に並び立ち、カーズは店内に油断なく目を走らせた。
「いいや、能力は発現してやがる。俺らが酒場に着いた時、やつは溶けるように消えやがった」
答えるリーガルという男も、会話しながら店内を警戒していた。
店内にいる隊員全員がびりびりとした空気を発している。ウェルドの肌は『現場』の雰囲気に総毛立った。
「酒場では二人が重症。宿主の消え方は、頭から順番にすうっとではなくて、こう、氷が溶ける感じです。液体化して溶けたように見えたのか、透明化しただけなのか、実は違う能力なのかまだ判断がつきません」
二メートルを越える大男であるウィークラーの丁寧な状況説明に、カーズは了解したと頷いた。
ウィークラーが入隊した時にカーズが新人教育を担当したこともあって、カーズに対してはどうも態度がかしこまる。その態度がむず痒いことを抜きにすれば、ウィークラーは優秀だった。
「どちらにしても見えないだけで本体は何処かにいるな」
前に出ようとしたカーズの肩を、リーガルの黒い手が掴んだ。
「いいから、隊長さんは引っ込んでな。休めるときに休むのも任務のうちだっつったのは、あんただろうが」
「それはそうだが」
渋るカーズにリーガルは半眼になった。
「それとも、俺じゃあ任せておけないってのか?」
「……いや、そうだな、悪かったリーガル。戻って休むことにする」
店内には五名の隊員、酒場の外をぐるりと囲むのは、二十名弱。いずれも隊長直属の精鋭部隊の面々だ。リーガルは人を纏めるのは苦手な所があるものの、それなりに戦局を見るし、博打好きなせいかここぞというときの勘も鋭かった。安心して任せられる筈だ。
出入口まで下がり店を出ようとして、ふと違和感を覚えたカーズは足を止めた。何故、単なる中級妖魔相手に、隊長直属である第一分隊の全員が揃っているのか。
「遅くなりやした。おや、カーズの旦那。今日は非番じゃあなかったんですかィ?」
店の入り口でカーズと鉢合わせになり、変わった色の目を驚きに開いているのは、ハヤミだった。驚いた表情は一瞬で、ハヤミは直ぐに本心を隠す笑みを張り付けた。
ハヤミの瞳は外側が緑で内側が桃色、二色が黒の瞳孔を内包している。ミズホ国独特の合わせの衣服に身を包み、いつものように袖から腕を抜いて懐に突っ込んでいた。
ハヤミはミズホ国の『デンキ』という宝石商兼、諜報部員であり、中級迄なら対妖魔の戦力でもある。
ナナガ国に常駐しているミズホ国の『デンキ』はハヤミ以外にも数人いて、ハヤミはその者たちを束ねる立場だ。故に、彼が足を運んだということは。
「ハヤミさんまで来たということは、高位妖魔になる可能性があるのか。リーガル、何故言わなかった?」
「言えば大人しく帰らねえだろが」
リーガルは周囲へ目を走らせながら苛々と舌打ちした。
「俺を帰したい理由があるな。言え、リーガル」
外へ向けていた足を戻し、リーガルへ一歩詰め寄ったカーズの横を、ハヤミが音もなくすり抜けた。
「おおっと、世間話なんざしてる場合ですかねィ」
小さな金属音が響き、瞬時に抜刀したハヤミの刀が店内の明かりを照り返す。
「全くだ。俺ぁ、そんな生ぬるい奴に育てた覚えはねえぞ。カーズ」
ハヤミが弾いた剣先が現れ、その剣を握る武骨な手、太くはないが筋肉で覆われた腕と、順番に姿を見せていく。そこには、小柄な体躯の男が立っていた。姿を消していた宿主が、己の存在を露にしたのだ。
見覚えのありすぎる男の姿に、カーズは息を飲んだ。
「ギルバート隊長……」
「もう隊長じゃねえよ」
カーズの呟きに答える声はよく知ったものだ。
前第二部隊隊長ギルバートが、血のこびりついた剣を下げて立っていた。
改稿のお知らせ
取材その1にて、カーズは一年前の前隊長ギルバート殉職を受けての後任、としていますが、ギルバート退役の後任に訂正しております。
改稿、申し訳ございませんでした。