取材その5ー第二部隊の現状
制服を着込み隊長の顔に戻ったカーズは、ウェルドと別れてから治安維持部隊の庁舎へ足を向けた。
今日は非番なので昼間に新聞社を回った訳であったが、とてもではないが自宅に戻って休む気になれない。
もやもやと渦巻く感情を忘れるほど、今は仕事に追われたい気分だった。
ウェルドという新聞記者には終始、引っ掻き回された。
カーズは己の未熟さに歯噛みする。
前隊長ギルバートから隊長職を引き継いでこの一年、カーズは第二部隊の現状を変えるべく奔走していた。が、手応えがない。
唯一賛同を得られたのは治安維持警備隊総隊長くらいなもの。制度を変えるためには、ナナガ国国議会を動かさねばならない。
老獪な国議会議会長と、したたかな三大商会の会頭、彼らを相手にするには圧倒的に知識も経験も足りなかった。
四年前、高位妖魔と初めて相対したあの時、世の中の理不尽を思い知った。
持てる全力を尽くし尚、敵わぬ妖魔の力に屈し敗走したあの日。負傷したレイブンを抱えて駆け込んだ病院で、あらためて第二部隊への世間の評価に直面した。
税金泥棒と蔑まれ、役立たずと詰られるならまだいい。人間扱いされず、消耗品の治療など勿体ないと突っぱねられた。
挙げ句の果てに、左足を失ったレイブンは僅かな退職金を支払われ、第二部隊からリタイアさせられた。戦えなくなれば、お払い箱なのだ。
あの時の悔しさをカーズは忘れない。
宿主を殺させるという汚れ役をやらせ、人間の壁として使う為の部隊。ナナガ国にとって第二部隊は、正真正銘の『消耗品』だ。
当時の隊長ギルバートに誓った。必ず隊長になり、カーズたち第二部隊の命の重みを思い知らせてやると。『消耗品』ではなく、人間なのだと認めさせてやるのだと。
誓いを果たすための大きな目標な、第二部隊の退役者への退職金増額だ。
人の身体能力を軽く越えた妖魔と戦う第二部隊は、著しく死亡率が高い。その為、殉職者には多額の慰霊金が支払われ、給金も一般的な金額の倍だ。その代わり怪我や病気などでの、退役者に支払われる退職金は雀の涙だった。
死亡率が高かろうと、人として扱われなくとも、第二部隊への入隊希望者は毎年後を絶たない。高い給金に釣られ、多額の借金を背負う者や社会につま弾きにされた者、果ては自殺志願者が集まるのだから救えない現状だ。
ナナガ国を動かす議会メンバーに働きかけてものれんに腕押し、彼らが動かざるを得ない状況を作り出す必要がある。
上に働きかけても無駄なら、何か別の方向から攻めなくてはならない。しかしカーズには別方向から攻める手がなかった。
変えるために、状況を打破するために、何をすればいいのかがカーズには分からない。新聞社を訪ねて回り、『消耗品』の記事の撤回を求めているのも、今のカーズにはそれぐらいしか出来ないからだ。
その新聞社にしても体よくあしらわれている。どの新聞社も相手にもしてくれない。毎日のように何社も回ってるが、手応えのなさに苛ついていた。今日、ウェルドの取材について行ったのも、半ばやけくそだった。
所詮、カーズには制度を変えるなんて大きな事は、出来ないのかもしれない。
カーズは貧民街で育った孤児だ。教養なんてものは欠片もなく、文字も第二部隊に入ってから覚えた。
部隊の規律を覚え、礼儀を教わり、最低限の一般教養もなんとか身に付けた。それで取り繕えたのは外面だけで、もとより政治と金を動かしてきた議会の主要メンバーからは、完全に子供扱いだ。
それでも。
それでもギルバートとの最期の任務が、殉職者ほど多くはなくとも毎年のように出る退役者たちの姿が、カーズを急き立てるのだ。
無意識に左手の薬指にはまる、古ぼけた指輪の感触を確かめた。この指輪を託した男の最期もまた、カーズを焚き付ける要因の一つだった。
理由は様々ながら、命を担保にしてでも金が必要な者が殆どだ。金が貯まるまで第二部隊を抜けられない。そうしてしがみついて、挙げ句に負傷し退役するしかなかった隊員たちの末路は悲惨だ。
物言わぬ死体となって出た方がましだと、握った拳を震わせて退役した隊員たちが何人いたことだろう。
何年かかろうとも、必ず遂げてみせる。
物思いに沈んでいたカーズは、己の決意を再確認してから意識を現実に戻す。今は路地裏を抜けて表通りに戻ったところだった。
足を止めて振り向き、後ろにいる人物へカーズは問い掛けた。
「何故、付いてくる?」
「ああ? 気にすんな。仕事だよ、仕事」
ウェルドがにやにやと底意地の悪い笑みで、そこにいた。
「新聞社はあっちの通りだろう」
「社に戻る前に一仕事出来たんだよ」
よれたシャツにくたびれた背広を羽織ったウェルドは、そう言って煙草の煙を吐き出した。
「一仕事? どういう……」
つもりだ、と言いかけたところで、甲高い音に掻き消された。同時に薄闇に包まれた表通りを、目映い光がしばし明るく照らす。
妖魔の出現を知らせる笛の音と、照明弾が上がったのだ。