表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/16

取材その5ー第二部隊の現状

 制服を着込み隊長の顔に戻ったカーズは、ウェルドと別れてから治安維持部隊の庁舎へ足を向けた。

 今日は非番なので昼間に新聞社を回った訳であったが、とてもではないが自宅に戻って休む気になれない。


 もやもやと渦巻く感情を忘れるほど、今は仕事に追われたい気分だった。


 ウェルドという新聞記者には終始、引っ掻き回された。

 カーズは己の未熟さに歯噛みする。

 前隊長ギルバートから隊長職を引き継いでこの一年、カーズは第二部隊の現状を変えるべく奔走していた。が、手応えがない。


 唯一賛同を得られたのは治安維持警備隊総隊長くらいなもの。制度を変えるためには、ナナガ国国議会を動かさねばならない。

 老獪な国議会議会長と、したたかな三大商会の会頭、彼らを相手にするには圧倒的に知識も経験も足りなかった。



 四年前、高位妖魔と初めて相対したあの時、世の中の理不尽を思い知った。

 持てる全力を尽くし尚、敵わぬ妖魔の力に屈し敗走したあの日。負傷したレイブンを抱えて駆け込んだ病院で、あらためて第二部隊への世間の評価に直面した。


 税金泥棒と蔑まれ、役立たずと詰られるならまだいい。人間扱いされず、消耗品の治療など勿体ないと突っぱねられた。

 挙げ句の果てに、左足を失ったレイブンは僅かな退職金を支払われ、第二部隊からリタイアさせられた。戦えなくなれば、お払い箱なのだ。


 あの時の悔しさをカーズは忘れない。


 宿主を殺させるという汚れ役をやらせ、人間の壁として使う為の部隊。ナナガ国にとって第二部隊は、正真正銘の『消耗品』だ。


 当時の隊長ギルバートに誓った。必ず隊長になり、カーズたち第二部隊の命の重みを思い知らせてやると。『消耗品』ではなく、人間なのだと認めさせてやるのだと。


 誓いを果たすための大きな目標な、第二部隊の退役者への退職金増額だ。


 人の身体能力を軽く越えた妖魔と戦う第二部隊は、著しく死亡率が高い。その為、殉職者には多額の慰霊金が支払われ、給金も一般的な金額の倍だ。その代わり怪我や病気などでの、退役者に支払われる退職金は雀の涙だった。


 死亡率が高かろうと、人として扱われなくとも、第二部隊への入隊希望者は毎年後を絶たない。高い給金に釣られ、多額の借金を背負う者や社会につま弾きにされた者、果ては自殺志願者が集まるのだから救えない現状だ。


 ナナガ国を動かす議会メンバーに働きかけてものれんに腕押し、彼らが動かざるを得ない状況を作り出す必要がある。

 上に働きかけても無駄なら、何か別の方向から攻めなくてはならない。しかしカーズには別方向から攻める手がなかった。


 変えるために、状況を打破するために、何をすればいいのかがカーズには分からない。新聞社を訪ねて回り、『消耗品』の記事の撤回を求めているのも、今のカーズにはそれぐらいしか出来ないからだ。


 その新聞社にしても体よくあしらわれている。どの新聞社も相手にもしてくれない。毎日のように何社も回ってるが、手応えのなさに苛ついていた。今日、ウェルドの取材について行ったのも、半ばやけくそだった。


 所詮、カーズには制度を変えるなんて大きな事は、出来ないのかもしれない。


 カーズは貧民街で育った孤児だ。教養なんてものは欠片もなく、文字も第二部隊に入ってから覚えた。

 部隊の規律を覚え、礼儀を教わり、最低限の一般教養もなんとか身に付けた。それで取り繕えたのは外面だけで、もとより政治と金を動かしてきた議会の主要メンバーからは、完全に子供扱いだ。


 それでも。


 それでもギルバートとの最期の任務が、殉職者ほど多くはなくとも毎年のように出る退役者たちの姿が、カーズを急き立てるのだ。

 無意識に左手の薬指にはまる、古ぼけた指輪の感触を確かめた。この指輪を託した男の最期もまた、カーズを焚き付ける要因の一つだった。


 理由は様々ながら、命を担保にしてでも金が必要な者が殆どだ。金が貯まるまで第二部隊を抜けられない。そうしてしがみついて、挙げ句に負傷し退役するしかなかった隊員たちの末路は悲惨だ。


 物言わぬ死体となって出た方がましだと、握った拳を震わせて退役した隊員たちが何人いたことだろう。


 何年かかろうとも、必ず遂げてみせる。


 物思いに沈んでいたカーズは、己の決意を再確認してから意識を現実に戻す。今は路地裏を抜けて表通りに戻ったところだった。


 足を止めて振り向き、後ろにいる人物へカーズは問い掛けた。

「何故、付いてくる?」

「ああ? 気にすんな。仕事だよ、仕事」

 ウェルドがにやにやと底意地の悪い笑みで、そこにいた。


「新聞社はあっちの通りだろう」

「社に戻る前に一仕事出来たんだよ」

 よれたシャツにくたびれた背広を羽織ったウェルドは、そう言って煙草の煙を吐き出した。


「一仕事? どういう……」

 つもりだ、と言いかけたところで、甲高い音に掻き消された。同時に薄闇に包まれた表通りを、目映い光がしばし明るく照らす。


 妖魔の出現を知らせる笛の音と、照明弾が上がったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
本編
「琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~」
本作のプレストーリー。単独でも楽しめますが、こちらを先に読んだ方が分かりやすいです。
「治安維持警備隊第二部隊~ナナガ国の嫌われ部隊の実情~」
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ