取材その4ー一人の青年の憤慨
「今見てきたものがお前ら第二部隊ってやつの真実よ」
共同墓地から新聞社へ帰る道すがら、無言のカーズへウェルドは吐き捨てた。内ポケットから煙草を取り出し火を点けた。
射し込む光には朱がかかり、太陽の位置も低くなっている。取材に回っている内に夕刻にさしかかっていた。
肺を煙で存分に満たしてからふーっと吐き出す。煙は勢いよく眼前の空気を白く染めてから、溶けるように消えた。
さて、第二部隊の隊長様はどんな表情をしているやら。ウェルドは意地悪い笑みを貼り付かせて、後ろのカーズの方を向いた。
「あれがお前らの現状だ。宿主の家族の無念だ。お前らの力が及ばねえばっかりに、妖魔に殺された人間の嘆きだ」
にやにやとした笑みの下、ウェルドは全て暴いてやろうと目だけを光らせた。へらへらとした態度で相手を苛つかせ、言葉の刃で追い詰め、本音を吐かせてやろう。
「知っていたさ。知った上で俺たちは在らざるをえない」
カーズの青い瞳はやはり真っ直ぐウェルドを射抜いていた。
新聞社では大層な噛みつきようだったというのに、今はこの落ち着きようだ。面白くない。
ウェルドは己の衝動のままに舌打ちする。やはりこの男は気に入らない。
少しは揺らげと、腹立ち紛れに煙草の煙を乱暴に吸った。勢いで一時的に火勢が強まり、赤く光って灰色へと変わる。
指で叩いて灰を落としてから、もう一度口元へ運ぼうとするウェルドの手が止まった。
「知っているさ。俺たちは実際に、多額の金に釣られて集まったどうしようもねえ奴らの集まりだ」
ウェルドに向いていた青の瞳は地面へと落とされ、頼りなく左右に揺れていた。左の拳を固く握りしめ、右手は無意識にか、制服で包んだままの剣の柄部分へと触れている。
そこに立つのは、鉄壁の第二部隊隊長ではなく、二十代中盤の若者だった。
ここで揺らぎを見せるのかと、ウェルドは止めていた手を口元へ持っていき、吸い込んだ煙を鼻から抜けさせる。
紫煙が空気に溶けて消えた。
「宿主は人間で、悲しむ家族がいる。それを承知で俺たちは、任務で宿主を殺し、高い給金を貰っている」
ウェルドは黙して青年の主張を聞いた。指に挟んだ煙草の紫煙だけが静かにくゆる。
「宿主や宿主を喰った妖魔を迅速に仕留め、被害を食い止めるのが俺たちの役割だ。多額の金と引き換えに自分の命を危険に晒して、俺たちは戦い、宿主と妖魔を殺す」
地面を親の仇でもあるかのように睨むカーズの姿は、世の中の理不尽に憤る青年であった。
「全部自分の為だ。好き勝手を言う市民の為じゃない。泣いている人の為なんかじゃねえ。平和を守るだとか、被害を減らすだとかですらねえんだ」
ウェルドの水色の目に灯る光が、鋭く探るものから違う光に変わる。
煙草の火を、懐から出した携帯灰皿へゆっくりと押し付けて消した。
「俺たちが宿主を殺す人殺しだと詰るなら、家族を殺されたと恨むなら、俺たちに勝手に期待するんじゃねえよ。市民を守れない役立たずだ税金泥棒だ、無能な肉盾で全滅すべきは俺たちだと? ふざけんな! なら俺たちなしで妖魔と戦え! 出来ねえ癖に好き勝手言うんじゃねえ!」
暴いてしまえば、どうということもない憤りだ。同じ立場にあれば誰もが思うであろうことだ。血の通った人間らしい当たり前の怒りだ。
揺れていない訳ではなかった。傷付いていない訳でもなかった。鉄壁でもなんでもなく、ただの若者だったという、それだけのことだ。
「第二部隊は俺の居場所だ。居場所を守るために、俺は与えられた役割をこなす。宿主を殺す。妖魔を殺す。市民を守るためじゃない。俺が守るのは仲間で、お前らを守るためじゃ、ねえ!」
カーズの握った左拳の薬指にはまった指輪が、茜に染まった光をにぶく反射している。
妙に古ぼけたその指輪に、何故かウェルドの視線が吸い込まれた。
「なんだ。本音、言えんじゃねえかよ。若造」
ウェルドの唇がにっとつり上がった。カーズはしまったという表情でウェルドを見てから、ばつが悪そうに路地裏の壁へ目線を移す。
やっと引き出せた本音に、ウェルドは満足を覚えると同時に思う。
この男は鍛えぬかれた刃ではなかった。
熔けるほどに熱せられ、叩かれて鍛えられている最中の刃だ。型に流して作る剣とは違い、刀は何度も加熱し、叩いてのばしては、切って折り曲げて加熱を繰り返す。
ウェルドは、いずれ強靭な刃となるこの男を打つ、鎚の一つといったところか。ならば、存分に打ってやろうではないか。
「善良な市民なんざ知ったこったあねえ。守るモンはクズのお仲間だけってか? 流石は穀潰し部隊の隊長さまだぜ。ご立派なもんだ」
カーズの燃える青い瞳がウェルドを射抜く。それをウェルドは真っ向から睨み返した。
命のやり取りに慣れた男の怒気に晒され、内心に掻く冷や汗はおくびにも出さず、ウェルドは不遜な笑みで決定的な一言を放った。
「替えなんざいくらでもある『消耗品』が!」
「お前っ!」
瞬間、物凄い力で引っ張り上げられ、壁に押し付けられたウェルドは背中を強打した痛みにうめいた。
「どんなにクズだろうと、人殺しだろうと、俺たちは人間だ! 物扱いして、『消耗品』と言うのだけは許さない!」
言い返そうとしたが、襟首を締め上げられたウェルドの口は、ぱくぱくと動いたものの声にならなかった。自分よりも背の高い男に吊るされているのだ。首を絞められているも同然だった。
カーズもその事に気付いたようで、直ぐに手を離した。
「ゲホッ、ゴホッ、お……お前、この馬鹿力が、ちょっと加減しろ」
壁に手をついて肺に空気を送りこみ、ウェルドは声を絞り出した。
「すまない。ついカッとなった」
「全くだ。記事のネタにするぞ、この野郎」
大きく息を吐いてよれた襟を正す。元々よれていたので大して変わり映えはしなかったが。
現実から目を背けたお綺麗な隊長という認識は改めよう。落ち着いて見える態度と違い、短気だというウェルドの直感は間違っていなかった。
「ったく。もう取材は終わりだ。気がすんだだろう? 第二部隊隊長さまに戻りやがれ」
「言われなくてもそうする」
憮然とした体のカーズはネクタイを解き、すっかりしわがついてしまった制服を羽織った。露になった剣を腰に下げる。
第二部隊隊長の姿に戻った男に、ウェルドはこれみよがしな舌打ちをくれてやってから、新しい煙草に火を点けて吸った。
ナナガ国の街並みを染めていた茜は主張を弱め、藍が混じる夕刻だ。直に夜の帳が落ち、妖魔の時間がくる。