取材その3ー妖魔の被害者
「お父さんはあの日、工事が終わった打ち上げだったのよ。そりゃ夜が危ないのは知ってるわ。皆知ってることよ。でも、だからって誰が毎晩家に籠ってるの? 誰もいやしないわよ」
野菜を袋に詰め込む手を緩めずに、少女はそう吐き捨てた。しかめっ面から笑顔へ鮮やかに転じ、客からお代を貰って袋を手渡す。
「ありがとうございます!」
客へ手を振り終えると少女の笑顔がすっと消える。
ところ狭しと建ち並ぶ露店の一つに少女は雇われて働いている。父親は日雇いで工事現場を転々とし、母親は工場で淡々と作業をこなしていた。その父親が先日妖魔に殺された。
「夜が危なくならないようにあいつら第二部隊がいるんでしょ? なのに、あの穀潰し部隊っ。あいつらがちゃんと妖魔を殺さないから父さんはっ……妖魔に殺されたんじゃない! 父さんが殺された後に妖魔を殺したって遅いわよ!」
会話をしていても、なくなった野菜をストックから手早く補充していく少女の手は止まらない。嘆く暇もなく働かなければ、ナナガ国では生きていけないのだ。
「ああ、父さん。なんで父さんが死ななきゃならなかったの! 高い給金だけ貰ってる癖に役立たずの第二部隊! 税金泥棒! しっかり給金分は働きなさいよね。そこのところ、しっかり記事にして頂戴よ」
少女はウェルドの胸に指を突きつけて念を押し、仕事へと戻っていった。
「無能な肉盾部隊のせいで俺の息子はここに眠るはめになった」
四年前の高位妖魔が出した被害者たちの共同墓石前で、くたびれた老人が項垂れている。
硬く四角い墓石の磨かれ黒光りする正面には、犠牲者の名前がびっしりと刻まれている。四年前の『引っくり返す』という高位妖魔の能力は、建物の倒壊と共に多くの命を奪った。
高位妖魔となれば、対抗出来るのはミズホ国が有する『珠玉』という者たちのみ。第二部隊はその『珠玉』が到着するまでの妖魔の足止めと被害の拡大を防ぐ盾の役目を果たす。
第二部隊からは14名、民間人からは死傷者1523名、その内死者は897名、ここに眠っているのは211名だ。引き取り手のなかった者と、倒壊した建物から遺体を引き上げきれなかった者たちを、纏めて埋葬してあるのだ。
墓石の前には花束、菓子や酒、ここに眠る者たちの生前好きだったであろう品々が雑然と置かれている。乱雑に濫立している建物と建物の隙間に、ぽっかりと空いた小さな広場は、何の飾り気もなく存在していた。
「この老いぼれに墓を作ってやる金も労力もない。ここに入れるより他がなかった。おお、老いたわしより先に息子が死ぬなど、なんと無慈悲なことよ」
老人が墓前に備えているのはノミだった。老人とその息子は大工だったという。風雨に晒され錆が浮く頃、老人はここを訪れノミを研ぐ。今も綺麗に研いだノミを墓前に戻したところだった。
老人は愛しそうにノミを撫でた。
「息子はわしの宝だった。ここに眠る者たちは皆、誰かの宝じゃ。二百人以上の尊い命が眠っとる。……だというのに!」
項垂れていた老人が白髪混じりの頭を上げる。落ち窪み骨格が分かるような輪郭の顔の中で、目だけが青く底光りしていた。
「あの忌々しい部隊の死者はたった14人だと!? やつらこそ、全滅してでも妖魔からわしらを守る盾になるべきじゃったろう」
唾を飛ばし、枯れた拳を握って老人は掠れた声を振り絞る。それはさながら、死者たちの怨嗟を代弁するかのような演説であった。
「ああ口惜しい。無念じゃ」
老人の痩せた体を突き動かしていた激情は萎れ、肩を落として老人の視線は墓前のノミに戻る。
建物と建物の隙間を通る風が花束を包む紙を揺らし、乾いた音を虚しく奏でた。