取材その15ー一人の男の最期
大変申し訳ありません。
完結後にもかかわらず改稿に踏み切りました。
ひとえに私の未熟さが招いた結果です。既に読まれた方にはご迷惑をおかけ致しますことをお詫び申し上げます。
床を盛大に鳴らして踏み込み、ギルバートが腰ごと回転して剣を横へ薙ぐ。ギン! とカーズは剣でギルバートの剣を受けてから、角度を変えて斜め上へと弾いた。
たったそれだけで、痺れるような感覚が腕に走った。
……違う。その一言がカーズの心に浮かぶ。
「ぬおりゃあっ!」
弾かれた剣を、ギルバートが袈裟斬りに振り下ろしてきた。カーズは小さく避け、懐へ飛び込む。カーズの動きに対応したギルバートが、剣の軌道を変えて脇腹を狙ってきた。
ガギン! 噛み合った剣が軽く火花を散らす。体の横に剣を立てて防御し、足を踏ん張ったカーズの体が、ギルバートの力で強制的に床を滑った。
速いし、凄い力だ。だが。
……ギルバートの剣はコレではないのだ。
これは力任せの剣だ。身体能力にかこつけただけの反射で振るう剣だ。
いつものギルバートなら攻撃を誘い込んでこちらの手を潰す。何の手もなしに攻撃してこない。
いつものギルバートなら、防御した相手を力で押し込んだりしない。
押し合うことに拘らずカーズは剣を引いた。それを合図に、二人の距離が開く。
カーズは右足を少し前に出した。その方向から攻撃がくると読み、迎え撃ちにいったギルバートが舌打ちする。カーズの重心が左に移っていることに気付いたのだ。
左から来る攻撃に備えて迎え撃ちにいった剣を、ギルバートが無理矢理止める。方向を変えて、下から逆袈裟の角度に翻るカーズの剣へ合わせにいった。
ブンッ!
しかしギルバートの迎撃が、風切り音だけさせて空振りする。
逆袈裟もフェイント、カーズの本命は右の回し蹴りだった。
剣と体の向き、目線、体重のかけ方を見て動けとカーズに教えてくれたのはギルバートだ。
いつものギルバートなら、足を出しただけの最初のフェイントに引っ掛からなかった。続く逆袈裟のフェイントも、冷静に対処しただろう。
「ゴホッ」
カーズの強烈な右足がギルバートの顔に叩き込まれる。宿主であるギルバートに単なる物理攻撃は効かず、ダメージにはならない。しかし、体勢は崩れた。
「うおおおっ!」
カーズは腹の底から雄叫びを上げて、床を踏み砕かんばかりの力を足に込めて前に出る。ギルバートが体勢を崩したまま、正面から振り下ろされるカーズの剣へ、一度は空振りした己の剣を合わす。
……それじゃ無理だろうよと、カーズは心の中で呟いた。
小柄で体重の軽いギルバートは剣の軽さを、いつも体全体の力を剣に乗せることで補っていた。
腰も入っていない手打ちの状態で、カーズの剣とギルバートの剣が噛み合う。本来ならこれで剣を受け止めるなど不可能。だが今のギルバートは妖魔の宿主だ。
カーズの体重の乗った一撃を、体勢の整わぬギルバートは妖魔の膂力を使って防いだ。……かに見えた。
バキィ!
衝撃に剣の方が耐えきれず、中ほどから折れた。
カーズの剣はギルバートの剣を叩き折り、振り下ろされる。額から胸、腹にかけて剣が通り抜け、遅れて上がった血飛沫が視界を汚す。
ギルバートの血走った目だけが、カーズを見据えていた。
最後の最後だというのに、ギルバートらしくないことが悔しくてカーズは歯を食い縛る。
どんな時も戦闘を楽しむ男だった。ギルバートとて妖魔に余裕で勝てるわけではない。それでも不敵な笑みを絶やすことなく、妖魔に挑む姿にカーズを含めた第二部隊隊員は付いていったのだ。
血塗れのギルバートが折れた剣を振るう。まだ終わってないのだと、剣が折れようとも、足が動くなら、腕が動くならば、戦い続けるのだと、叫んでいた。
その姿だけは隊長のままであることが悲しかった。
妖魔に精神を喰われて、妖魔の力に振り回されて、それでもギルバートとして戦って死ぬことを望んでいる。妖魔として生きるのではなく、人間として死ぬことを選んだのだとカーズは思う。
ならば、カーズは全力で応えよう。
ギルバートが後悔しないよう、十分戦えたのだと思えるよう、全ての可能性を叩き斬り、完膚なきまでねじ伏せてみせよう。
折れた剣を持つギルバートの右手ごと斬り飛ばす。宙に舞った右手の行方など、目にも入っていなかった。
カーズの目に映るのは、目の前のギルバートのみ。
まだだ。頭や心臓、首を狙わなくては宿主を殺せない。
空いているのは何処だ。
終わらせろ。人として死なせてやれ。他ならぬ自分の手で!
ただ一点のみを目掛けて、カーズは体ごとぶつかるように剣を突く。
「あああァァッ!!」
体の一部を失っても、つんのめるように振り下ろす動作を続行するギルバートの心臓を、カーズの剣が突き破った。
躊躇なく自分の胸へ剣を突き立てるカーズを見て、ギルバートは笑った。
……ああ、完敗だ。
踏ん張りが効かなくなった足から力が抜けて、ギルバートは床に倒れる。
「ギルバート!」
カーズの声と共にギルバートの体が引っ張られ抱き起こされた。周囲のざわめきや物音が、引き伸ばされたようなノイズになってから何も聞こえなくなっていく。
耳は死んだ。カーズが何かを言っているのが口の動きで分かるが、声は聞こえない。
そんなに泣きそうな顔をするなと、ギルバートは言おうとして喉を塞ぐ血に阻まれた。口からあふれ、大量にこぼれ落ちた血液がゴボゴボと音を立てただけだった。
目も死んでいく。こちらを覗きこむカーズの顔が暗く不鮮明になり、視界が完全に暗闇に閉ざされた。
背中に感じていたカーズの腕の感触も、朧気になっていき既に曖昧だ。
腕に力を込めるとまだ動いた。確かこの辺だったと、上へと伸ばす。
ただ腕を上げる。これだけの動作がこんなにも大変なものだったのかよと思う。
目的の場所までは数十センチの距離の筈だ。ほんの少し伸ばすだけて届く範囲。その数十センチがとてつもなく、長い。
隊長なんてものになってから、ギルバートは隊員たちの誰か一人に厳しくあたることも特別可愛がりもしなかった。無論カーズも例外ではない。
隊員全員が一緒に馬鹿をやる仲間で、誰かが特別でもなく、入ってきては死別や退役していく仲間を平等に見送ってきた。
もう少し。もう少しで届く。
ぶるぶると震える指先が、ちくちくと硬いモノに触れた。ままならない手を必死に動かす。手のひらに伝わる短く少し硬い髪の感触。
それは初めて誰かの頭を撫でる感触で……。
散漫な思考の海に、温かさが泡のように浮かんで、消えて……ギルバートの全てが死んだ。
カーズの腕の中、微かに伸ばし、動かしていた手が宙で止まった。何を掴むでもなく、触れるでもなく、力を失い、落ちる。
思わずカーズは自分の頭に手をやった。ギルバートが伸ばした手で何をしようとしたのかは分からない。分からないが、頭を撫でられたような気がしたのだ。
何も映していないギルバートの瞳は硝子細工のようだった。腕の中のギルバートの体は急速に冷たくなっていく。
つい先程まで動き、喋っていたギルバートという男は、ギルバートの姿をした物体と成り果てていった。
残り1話、明日更新です。
最後までお付き合いお願い致します。




