依頼その14ー人間であることの証明
「望み通り、我々は汚れ役のならず者部隊で結構。その役割に文句はない。ただしこちらの条件を一つ呑んで頂こう。退職金の上乗せを認めろ。最低の屑だとしても、俺たちを人間として扱え!」
「そんなもの、認められるか! そんなことよりもギルバートをなんとかしろっ!」
「オイオイ、そんなことなんてこたあ、ねえだろうがよ」
扉が開き、スキンヘッドに黒い肌の男が入ってきた。片手を吊って固定したその男の後ろから、ぞろぞろと第二部隊の面々が続く。
「リーガル、何故お前まで来た」
「ああ? 最後の挨拶だよ。退役するまでは俺も第二部隊隊員だろが。仲間外れにすんなや、隊長さんよ」
カーズの問いにリーガルが低く唸るように答える。
リーガルの後ろにいるウィークラーが、苦虫を噛み潰したような表情で立っていた。真面目なウィークラーのことだから、リーガルを止めたのだろう。あの表情からして、リーガルに丸め込まれたのだとカーズは推測した。
「言っておくがよ、お偉いさんたち。隊長を辞任させるなら俺たち第二部隊隊員、全員が今この場で辞めてやんぜ」
鷲鼻のジェイが、自分の手で首を切る真似をする。
「そうなりゃあ、困るだろうな」
訳知り顔で、トッレが無精髭の生えた顎を撫でた。
「おうおう、隊長以外に誰がギルバートと殺り合うよ? ご自慢のエリート部隊様かあ?」
へっへっへと、猫背のディックが笑う。
「無理無理。あっさりヤられるのがオチよぉ」
三白眼のラナウンがこれ見よがしに手を振った。
がっはっはと笑い声を上げる第二部隊隊員たちを前にして、ドネシクが怒りに体を震わせた。
「貴様らっ! 誰がここに来ることを許可した! 出ていけ!」
「おや? いいのですか? 彼らが居なくなれば私たちを守るのは、第一部隊だけになりますよ」
三大商会会頭席に座ったラナイガが、柔らかい声音で口を挟む。
「我ら第一部隊にお任せを」
第一部隊隊長ライズ・マルガヤが議会長へ進み出た。元々白い肌は怒りで蒼白になり、薄い唇が怒りからかひくひくと動いていた。
「必ずや議会長をお守り致しましょう」
何もない空間からくくくという嘲笑が響く。
「お前らエリート部隊に俺が止められるのかよ!?」
声と共に拳が現れ、ライズの頬にめり込んだ。白の制服に包まれた長身がなす術もなく吹き飛ばされ、側に立っていた進行役の男を巻き込んで沈黙した。
「ギルバート!」
隅に控えていた第一部隊隊員が剣を抜いて斬りかかった。流れ弾が当たる可能性のある銃は使えない。お手本のような綺麗な剣の軌道を、すっかり姿を現したギルバートが鼻で笑って避けた。空いた腹に拳を食らわせて床に沈める。
「ひいぃ」
情けない悲鳴を上げて腰を抜かしたドネシク議会長が、その場にへたりこんだ。また一人、第一部隊隊員がギルバートに挑み撃沈された。
「カーズ! 何をしている! はやくギルバートを殺せ!」
ずりずりと後退るが、直ぐに壁がドネシクを阻む。
「条件は一つだと言っただろう。退職金の上乗せを認めろ。でなければ辞任は今この時だ」
演壇の前から動かずにカーズは冷たく応じた。自分の都合だけを押し付けてくるドネシクに吐き気がする。
「だとよ。大人しく俺に殺されとけや、ドネシク」
ギルバートが剣を肩に担いでにやにやと笑った。既にこの場にいた第一部隊隊員は皆、戦闘不能だ。ゆっくりと見せつけるように一歩だけ進む。
「ざ、ザイーシュ総隊長! 第二部隊はお前の部下だろう! ギルバートを殺すよう命令しろ!」
「確かに第二部隊は私の下にあるが、ドネシク議会長。貴殿と私の立場は同じ位置にある。貴殿に命令される謂れはない」
議会を取り仕切る議会長は、この場でのリーダーではあるものの、立場上で議会メンバーに優劣などないのだ。
悠然と席に座ったまま、腕組みをして動かない治安維持部隊総隊長ザイーシュ・グラスの落ち着いた態度に、ドネシクが眉をひそめる。ザイーシュやラナイガだけではない。この事態に慌てているのは、ドネシク議会長とバルミット商会会頭ゼルスだけであった。
「さあ決断しろ。このままギルバートに殺されるか。第二部隊の力を頼るか」
ドネシク議会長が忙しなくカーズとギルバート、議会メンバーたちへ目線を動かした。柔和に笑うラナイガと目が合う。好好爺たるラナイガの、微笑みの下から覗く目の光に、気圧されたように顔をひきつらせた。
「退職金の上乗せを求める!」
腹の底に力を入れてカーズは言い放つ。ドネシクが滑稽なほどびくりと体を震わせた。
ギルバートが無言で邪魔な議会長席に手をかけ、いとも簡単に備え付けの机を床から剥がした。
「わ、分かった! 認める! 認めるから、助けてくれ!」
人間の力を超えた怪力を見せるギルバートに、すっかり顔色をなくしたドネシクが叫んだ。
「いいだろう」
カーズは演壇に片手をついて上に跳び乗る。議会長席は一段高いところにあるのだ。
ギルバートが持っていた議会長席を壁に放り投げた。派手な音を立てて砕け散る議会長席を尻目に、カーズは演壇から一段高くなっている議長席のあった床へ立った。
「カーズ。査問会があったってのもあるがな、俺ぁ、お前とやるときは昼間にしようと決めてたんだぜ。その意味が分かるな?」
妖魔の力は夜に増す。反対に昼間は高位妖魔でもなければ力を発揮出来ない。中級である筈のギルバートなら、姿を消してここへ来たのが限界だったろう。つまり身体能力こそ人を超えるものの、他は人間と同じなのだ。
ギルバートは人としての勝負を望んでいる。カーズはギルバートを見据えたまま大きく頷いた。
「分かっています、隊長……いや、ギルバート」
隊長と口にしてから、カーズはギルバートの名を言い直す。
「一つ聞きます。妖魔の制御は……」
剣を抜くカーズの問いかけにギルバートは小さく笑った。
「出来てねぇよ。今も抑えるのに必死でな。いつタガが外れるか分からねえ」
余裕ぶってはいるものの、血管が浮くほど剣を握りしめていなければ今にも斬りかかりそうだった。
この場にいる者全員を血の海に沈めたい。
柔らかい腹に剣を突き立て中身を引きずり出してやりたい。
無防備な首を掻き切って噴き出す血を浴びたい。
狂おしいほどの衝動が、つねにギルバートへ囁く。斬れ。殺せ。獲物はすぐそこだと。これが妖魔の声なのか自分の欲望なのか、ギルバートにも分からない。
一体どこまで妖魔に精神を喰われているのか。もしくは融合でもしているのか、それも定かではないし、どうでもよかった。
第二部隊の隊員たちが、議会メンバーたちを傍聴席へ移動させている。移動が完了するまで待てそうになかった。ギルバートの視線は剣を構えるカーズに固定されている。
「さあて、殺し合いといこうぜ。俺の正気が無くなる前によおっ!」
肩に担いでいた剣を下ろし、ギルバートは吠えた。
残りは2話です。隔日ではなく明日更新します。




