取材その12ー査問会
家を出て直ぐの壁際に二人の男が立っていた。一人は胡散臭い笑みを絶やさぬ異国の男。
もう一人は先日の新聞記者、ウェルドだった。
「待ちくたびれたぜ、若造」
「ぬかせ。勝手に待っていたのはそっちだろう」
ウェルドに冷たく応じて、カーズはハヤミに目線を送った。
妖魔関連でハヤミが動くのは当然だ。ましてや今回の宿主は元第二部隊隊長で、姿を消す能力がある。妖気が視えるハヤミの協力は必要だ。
しかしウェルドが付いてくるのは、足手まといでしかないのではないのか。そうハヤミに問うたのだ。
「それがねェ、旦那。アタシとしたことが、丸め込まれちまいましてねェ。ま、これで命を落とそうが覚悟の上だと、一筆書いてから来たと言われちゃあねィ」
着流しの懐から手を抜いて、降参とばかりに手のひらを上に向けたハヤミの表情は、相変わらず笑っているものだ。
飄々と笑顔で接しながら、その不思議な二色の瞳でカーズを見てくる男で、仕事は信頼出来るが、時に煙に巻いてくる油断のならない人間という印象だった。
「聞いての通りだ。例え俺が死んでも、誰にも四の五の言わせねぇから安心しろや」
にやにやと人を食った笑みで顎を撫でるウェルドへ、カーズは好きにしろと短く返す。
ハヤミがウェルドの同行を許しているのなら、何かがあるのだろう。
そう結論をつけると、カーズは歩を進めた。
直線の廊下をカーズは歩く。進む足取りに迷いはない。
場所はナナガ国国議会庁舎である。庁舎に着く直前にハヤミとウェルドは姿を消した。ゆえに今はカーズ一人だ。
向かうは国議会会場、これからカーズは査問会にかけられる。査問会の内容は前第二部隊隊長ギルバートのことであった。その実、一向に捕まる様子のないギルバートについての、国民の追及と責任の有無をカーズに向ける気なのだ。
国議会会場の向かって中央奥の議長席には、ナナガ国国議会議会長のドネシク・ナルデルドが肩をそびやかせて座っている。議長席の前には演壇があり、左右の席には他の議会メンバーが着席していた。
後方に設けられた傍聴席にカーズはちらりと視線をやって、多数の新聞記者たちの中にハヤミとウェルドの姿を認める。カーズは前へと目を戻し、後ろを振り返ることなく演壇へと進み出た。
「これより、治安維持警備隊前第二部隊隊長ギルバートを取り逃がした、現第二部隊隊長カーズの査問会を始める」
議長席の横に立つ議事進行役の男の、重々しい開会の宣言にて査問会が幕を開けた。
「第二部隊隊長カーズ、前第二部隊隊長ギルバートが、罪を犯し宿主となった現場に、君は居合わせたそうですね」
「はい」
進行役の言葉にカーズは頷く。議会メンバーたちの表情に変化は見られない。当然だろう。シナリオは既に決まっているのだ。
「なぜ射殺しなかった。お陰でギルバートは今も野放し、国民を不安に陥れている。この責任を君はどうとるつもりかね」
ドネシク議会長が口を開いた。白髪混じりの金髪に青い目の初老の男だった。ゆったりと席に腰掛け、机の上で手を組んでいる。
「あの場で仕留めきれなかった私が取れる責任は、前第二部隊隊長ギルバートを見つけ出し、宿主として始末することでしょう。宿主を殺す。我々第二部隊はその為にいます」
カーズの返答に淀みはない。進行役とは反対の位置に立つ第一部隊隊長ライズ・マルガヤが白の制服に身を包み、冷ややかな視線をカーズに送っていた。
「出来るのかね? 君はギルバートと懇意にしていたというじゃないか。取り逃がしたのも、未だにギルバートを見付けられないのも、わざとではないのかね?」
自信に満ちたドネシク議会長の物言いへ、臆することなくカーズは答えた。
「断じて違います」
「そうかね?」
ドネシクの白くなった眉がピクリと跳ね上がる。
「もう一度言います。現場で宿主を殺し損ねたのは私の失態です。失態の責はギルバートを確実に殺した後、辞職することで取りましょう。だが、同じように何度も取り逃がし続けている、第一部隊に責はないのは何故か」
丁寧な態度は終わりだと、カーズは目を細めた。そちらにシナリオがあるように、こちらにもあるのだ。
「第二部隊を切るなら切ればいい。やれるものならやってみろ。ただし、それで困るのはお前らだ」
「口を慎みたまえよ。カーズ第二部隊隊長!」
進行役の男がカーズを叱責する。
「これもあなた方が望んだことでしょう。我々第二部隊はならず者集団でなければならない。都合の悪いことを擦り付けやすいからな」
カーズの鼻からふっと息が漏れた。自分たちが仕組んだことを返されただけだろうに、なぜこうも慌てるのかと笑いがこみ上げてくる。
「何を言っているのか君は分かっているのかね」
口調を変えたカーズへ不機嫌そうに眉を潜め、ドネシク議会長が語気を強めた。細く節くれだった人差し指が、苛立たしげに議会席を叩く。
「勿論ですよ。ドネシク議会長」
シナリオを描いたのも道を敷いたのもカーズではないが、役柄を演じきってみせよう。なに、妖魔や宿主を煽るのと変わりはしない。
「あんたらご自慢の第一部隊が何の役に立った? せいぜいお飾りのマスコット人形だろう。それともギルバートの玩具か。遊ぶのにはもってこいだろうよ」
「き、貴様っ。誰にものを言っているのか分かっているのか!」
ドネシク議会長のこめかみには立派な青筋が立ち、口から唾を飛ばしてカーズ怒鳴りつけた。その醜悪さと滑稽さにカーズの笑みが深くなる。
「トップの椅子にふんぞり返って権威を振りかざす阿呆だろ? そちらこそ分かっているのか? 第二部隊を舐めてんじゃねえ!」
「本気で分かっていないようだな! 貴様の首などすぐにすげ替えられ……」
顔を赤黒く染めるドネシクの怒声へかぶせるように、甲高い笛の音がナナガ国議会会場に響いた。
妖魔や宿主の出現を知らせる合図であった。




