取材その11ー曲者たちの悪巧み
今日も事態に進展はなく、ギルバートは脅しをかけに現れては、第二部隊が到着する前に姿を消していた。
ケイプス商会の会頭ラナイガの私室にて、変わった目を持つ男が胡散臭い微笑みを貼り付けている。男は黒の瞳孔を緑と桃色の虹彩が包むという、不思議な目を小柄な老人に向けていた。
「しかし、ギルバート前隊長はカーズ隊長にとって世話になった元上司です。殺せますかねえ」
老人が柔和な笑顔を浮かべて椅子に腰掛けていると、曲がった腰と小柄な背丈が相まって人形のように見えた。この老人が外見通りだという判断を下せば、そいつは痛い目を見ることになる。
「あァ、心配ありやせんや。嫁さんに尻ひっぱたかれたらしくてねィ。いい顔になってやしたよ」
ハヤミは着流しの懐に両手を突っ込んだまま、にこやかに答えた。
「ほっほっほ。そんなプライベートまで筒抜けですか。怖いですねえ、ミズホ国の『デンキ』は」
「またまたァ、翁もお人が悪い。その怖い『デンキ』を利用してみせるお人が、言うことじゃありませんや」
大袈裟に肩を竦めたハヤミは、これで老人との挨拶代わりの軽い応酬を終わらせる。
「まったく惜しいですねィ。あれで欲でもあったなら、迷わず『石』を渡してやるってェのに」
懐に手を突っ込んだハヤミの、細めた目と口調には珍しく本音が滲んでいた。
高位妖魔が姿を変えた『石』は、持ち主を必ず成功させ、権力の中枢へ引っ張り出す。『石』を渡す人間の選定も、ハヤミの重要な役割の一つだった。
市場に流すのは、下級か中級妖魔が姿を変えた少しばかり幸運をもたらす程度の宝石で、これはミズホ国の貴重な財源となっている。それゆえ世間一般の『デンキ』への認識は、幻の宝石商というものであった。
「ええ、ええ。その割には、晴れやかな表情ですねえ」
「おや? 分かっちまいましたか。翁には敵いませんや」
しれっと悪びれずにハヤミは笑う。
「仕事上、第二部隊とは長く関わってきやしたがね、カーズの旦那ほど強いお人はいませんでしたなァ。ただ、権力の中枢を担う人間とは毛色が違う。アタシはそんな旦那が嫌いじゃあ、ありやせんからねィ」
くくくと喉を鳴らすハヤミの言葉に、にこにこと首を縦に振る老人が、ますますからくり人形のように見えた。
この老人こそ、ハヤミが『石』を渡した人間である。渡した当時はまだ冴えない中年だったが、今では三大商会の会頭まで上りつめている。
「まァ、損得抜きで応援するわけにゃあいきやせんが、翁に推薦するくらいならできやさァ」
ハヤミは己の祖国であるミズホ国への利益でしか動かない。利益の為に動く過程で、関わる人間をちょいと増やすくらいいいだろう。
「ほっほっほ。第二部隊の退職金制度の変革、ですか。ええ、ええ、議会長たちは相手になどしませんでしょうねえ」
メリットもデメリットもない。市民の反発すらあるかもしれない。そんなものの為に、僅かな労力すらかけるのは馬鹿げている。今の議会長が考えは、そういったところだ。
「そうでしょうなァ」
懐から片腕を抜き、ハヤミはつるりと顎を撫でた。
「世論を動かすのは無理。第二部隊のイメージを覆すのは無理ならば、せめて待遇を整える。ええ、ええ。小さくて大きな欲ですとも」
また機嫌がよさそうにラナイガが首を縦に振った。
ハヤミはラナイガに同意しようと口を開きかけたが、ちゅう、と小さな鳴き声が足元から聞こえてきた。ハヤミは壁に開いた穴から顔を出していた鼠をひょいと掴み、手のひらに乗せる。
鼠から何事かの報告を受けたハヤミは、ラナイガに頷いてみせた。
ハヤミたち『デンキ』の連絡手段は独特だ。小さな下級妖魔を使役して伝令させるのだ。
ミズホ国の『珠玉』と呼ばれる者たちは妖魔を瞳に封じ、使役する。『デンキ』たちは『珠玉』のように妖魔を使役することは無理だが、『珠玉』が一度封じた妖魔を、借り受けて使役することは可能だった。
人口の極端に少ない小国であるミズホ国の人材は、やはり少数だ。それを補うのは彼らの特殊な能力と使役する妖魔で、かの国が他国に忌み嫌われる所以でもあった。
ハヤミの首肯に、満足そうなラナイガが全身を揺すって笑う。
「ほっほっほ。いいでしょう。私はナナガ国そのものを変える為に『石』を欲し、手に入れた。ならばその程度の改革など、ええ、ええ、物のついででしょうよ」
第二部隊隊長の抗議など痛くも痒くもないと、軽んじている議会長に一泡吹かせてやるのも悪くないと、付け加えた。




