取材その1ー厄介な訪問者
この作品は「琥珀の夢は甘く香る ~アンバーの魔女と瞳に眠る妖魔の物語~」のサイドストーリーです。
人間の罪から妖魔が生まれ、妖魔は生んだ人間『宿主』の魂を喰らって乗っ取り、次々と人間を喰らっていきます。
第二部隊はナナガ国が有する、宿主と妖魔を殺す部隊です。
しくじった。もっと早く出かけるべきだった。
焦げ茶色の髪と水色の瞳、東と西の民族の混血であるウェルド・カーギスは、軽い後悔と共に目の前の人物を眺めた。取材に出掛けようと新聞社のドアを開けた途端、この男と出くわしたのだ。
「またか。あんたもしつけえ男だな」
露骨な舌打ちと共に吐き捨てたウェルドの第一声に、全く動じることのない視線を投げてくるのは、治安維持警備隊第二部隊隊長カーズという男だ。
ナナガ国にある新聞社の、各社に何度も陳情を言いにくるこの男は、邪険にされても主張を突っぱねても、決して引かない厄介者として通っている。ブン屋仲間内でも有名で、この業界のブラックリストに名を連ねていた。
「何度でも来るさ。今朝の新聞に『消耗品』と記述した記事の撤回を求める」
カーズという男は、隊長などという役職に就いている割には年若い。異例に思えるかもしれないが、死亡率の高い第二部隊では、他の隊に比べて平均寿命が極端に低い。若い隊長も珍しくもなかった。
カーズの場合は前任のギルバートの退役を受けての就任であったが。
短い金髪に青い瞳、白い肌。ナナガ国で最も多く見られる人種の特徴を持つこの男は、体格のいい第二部隊の中では大きくはないだろう。
しかし、引き締まった肉体に隙のない佇まいは、ウェルドの肌をひりつかせた。これは『現場』で感じる雰囲気を思い出させ、ウェルドの神経を余計に逆撫でする。
自分よりも背が高い彼に見下ろされ、ウェルドはこれ見よがしに舌打ちをした。
「なら何度でも言ってやる。撤回はしねえ。おとといきやがれ、人殺し部隊」
ナナガ国の第二部隊といえばその悪名を知らぬ者はいない。ましてや、その悪名を量産しているのはウェルドたち新聞記者なのだ。
「人殺しは認めよう。その他の蔑称も受け入れる。だが『消耗品』だけは言わさん」
迷いのない口調と眼差しの中には、さぞやお綺麗な信念を燃やしているのだろう。宿主という人間を殺しているという現状から目を背け、市民を守るために妖魔と戦う訳だ。反吐が出る。
「俺らは本当のことを書いているだけだ。けっ! 上から圧力かけりゃあ、何でも思い通りになると思うなよ、若造!」
常に戦いに身を置く者特有の威圧感を、ウェルドは悪態で跳ね返す。
やれるものならやってみるがいい。
「圧力などかけていないだろう。だから直接頼みに来ているんだ」
ウェルドの態度に、若い隊長も苛立ったように応じた。案外気が短いのかもしれない。
「それが時間の無駄だっつってんだ! こっちは忙しいんだよ! これ以上駄々をこねるなら、てめえの上官に文句言ってから、このやり取りを明日の一面でスッパぬいてやらあ!」
アイロンなどかかっていないシャツに弛んだネクタイを締め、くたくたの上着を肩に引っ掛けたウェルドは、これから取材に向かう予定なのだ。ちらりと時計に目を走らせ、苛々と啖呵を切った。
「やりたけりゃやれ! 今更なんだってんだ、そんなもんは!」
ついに若い隊長は外行きの仮面を剥がしたらしい。ウェルドに向かって吠えた。時間があるのなら、このまま突っついて色々と本音を暴いてやるのだが、そうも言っていられない。
「ちっ!」
ウェルドはこれ見よがしに舌打ちをして、目の前の男を睨む。しかし予想通り、返ってきたのは強弁な青い眼差しだった。
「俺はこれから取材だ! あんたのご託は他の奴が聞く。そこを退け、若造」
ちらりと後ろのデスクを肩越しに見ると、目が合ったジェイクが指でばつ印を作った。
「勘弁してくださいよー。俺は面倒ごとが嫌いなんです。パスパス。それに新人には記事の決定権なんてないですよー。俺に言っても無駄無駄あ」
ウェルドがさらに奥のデスクへと目線をやると、くわえ煙草のくたびれた初老の男が、気だるげに手を振った。
「ああ? また隊長さんか。まあ言い分は分からんでもないが、国の意向には逆らえんし、この年で今更逆らうつもりもねえやなあ」
後の三人は取材やらで不在だ。結局ウェルドがこの若造に対応しなくてはならないらしい。
どいつもこいつも使えねえ、と小さく唸ってウェルドはまた男へと向き直った。
「聞いた通りだ。あんたの話を聞くやつはここにはいねえ。出直せや」
「いいだろう、なら俺は取材とやらに同行させてもらう。邪魔はしない」
これにはウェルドも仰天した。何をムキになっているのだ、この若い隊長さまはと思う。
「はあ!? てめえら第二部隊なんざいるだけで邪魔だろうが」
「だったら、俺は第二部隊隊長ではなく、一般人カーズとして同行する。それで文句ないだろう!」
言うなり制服の上着を脱ぎ捨て、腰の剣帯から抜き取った剣にぐるぐると巻き付けてネクタイで縛り、一緒くたに小脇に抱える。それからシャツのボタンを外し、胸元をはだけさせた。中に着ているインナーは黒なので成る程、これなら知り合いでもなければ誰も第二部隊隊長とは思わないだろう。
「しゃあねえ。付いてこいや。ただし、黙って見てるだけにしろよ」
実際の言葉と共にウェルドは心の中で吐き捨てた。
そうして現実を目にして思い知るといい。自分たちがどういう存在なのかを。