第91話 母娘絶叫する
障子を突き破る勢いで縁側から部屋に飛び込んできた詩織。それと入れ替わるように、翔太が縁側から外へと飛び出してく。
Tシャツにジーパンというラフな姿だった彼は、いつの間にか黒装束の姿に変わっていた。
「くそーっ! 神社には結界が張られているんじゃなかったのかよ!」
翔太は誰かに文句を言いながら、境内の玉砂利の上に降り立ち、金色に輝く扇子を開いて身構える。
白い大蛇は、首のあたりを鎌のように曲げて、ずるずると玉砂利を鳴らしながら近寄ってくる。
「あの蛇は神様が張った結界をやすやすと突破したというのか? だとしたら、あいつはめっちゃ強い! だが、ここから先は死んでも通さねーぞ!」
扇子を小刀のように右手に構え、翔太は白蛇に向かってジャンプする。
「えいやぁぁぁぁぁぁーっ!」
空中で振りかぶった扇子が、きれいな弧を描いて白蛇へ迫っていく。
その刹那、黒と茶の二匹の猫が翔太の視界を遮るように、目の前を左右から交差して通り抜けていった。
たったそれだけの出来事が、扇子の軌道を大きく逸らしていく。
蝶のりん粉のようなキラキラした残像を残して、空を切る扇子。
翔太はそのまま大蛇の頭を通り越し、反対側の地面に着地した。
彼の足元には、二匹の猫が身構えていた。
「くそ! おまえらなぜ邪魔をした?」
『『キュルルルルルル――――!』』
うなり声を上げる猫たちの四本の足の先から、漆黒の霧のような妖気が噴出している。
「何言ってんかわかんねーよ!」
『『キュルキュルキュルルル――――!』』
そんな彼らのやりとり目もくれず、白い大蛇は詩織が逃げ込んだ建物に向かって、ずりずりと体をくねらせ進んでいく。
「きゃああああーっ! こっちに来ないでぇええええーっ! いやぁあああああーっ!」
建物の中では詩織が壁に背をつけ、泣き叫んでいた。
ズンズンと迫り来る蛇に怯えている。
普段は翔太と組んで悪霊退治をしているという彼女にしては、異様と思えるほどの怯えようである。
佳乃が駆け寄っていく。
「詩織ちゃん落ち着いて! あの蛇は大丈夫な蛇だから!」
「大丈夫な蛇ってなんなんですかぁー? 蛇は蛇だし、あんな大きな蛇は絶対にただの蛇であるわけないじゃないですかぁー! きゃあああーっ、入ってきたあああーっ!」
「この野郎―っ! 詩織には指一本触れさせねぇーぞ!」
再び翔太が、白蛇の背後から斬りかかっていく。
白蛇は首をくねらせて翔太を弾き飛ばす。
小柄な翔太の身体は襖に激突し、襖ごと隣の部屋へ飛ばされていく。
「どうしたどうした、いったい何が起きたんだー?」
詩織の父が奥から現れた。
その後ろには、寝間着にカーディガンを羽織った格好の女性。
詩織の母である。
「落ち着きなさい詩織! 巫女である者、いついかなる時でも神の声に従って――」
そこまで言ったとき、夫の広い背中で死角になって見えていなかった白蛇の姿を、はっきりと視界に捕らえた。
「きゃあああああーっ、蛇ぃいいいいーっ!!」
詩織とそっくりな悲鳴を上げた。
その時――
『我が巫女を一度ならず二度までも毒牙にかけようというのか……この外道が!』
翔太が弾き飛ばされていた場所から、眩いばかりの光が満ちる。
その声は翔太の口から発せられたものだが、翔太の声ではない。
『外道よ……我が張りし結界を、どうくぐり抜けたか知らぬが……こうして我の前にのこのこと姿を見せたことを後悔するがいい――』
黒装束姿の何者かが、ゆらりゆらりと歩き始める。
その人物の周辺がまるで無重力になったように、畳がふわりと浮かび上がっていく。




