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第88話 監視役の翔太

 東西方向と北方向を山に囲まれた山水村の人々が、唯一〝外界〟との交流を許される南方向に山ノ神村がある。したがって、山水村の人々が街へ買い物に出かける際には、必ず山ノ神村を通る必要があるのだ。

 そのため、利権が絡む争いが起こると、毎回山ノ神村が優位に〝話し合い〟が行われてきたという歴史がある。

 両者の対立は、現代まで脈々と受け継がれてきたのである。


 下加美神社は、山ノ神村の中心部にある村で唯一の神社だ。

 一方、山水村には神社は存在せず、智恵子の実家の下ヶ治(かがち)寺があるのみ。

 ゆえに、山ノ神村の村民は自分たちの住む地を〝神の住む村〟として、神聖な領域として崇めようとしている。

 裏を返せば、その呼称は山水村の人々へのべっ視を含む言い回しに他ならない。 


 そんな山水村と山ノ神村に降って湧いたような事件が起きた。地方自治の強化の一環として県政が進める広域連合構想である。 

 その手初めとして、小中学校の合併が検討された。

 それが山水中学校の校舎が半壊したことにより、開始時期の繰り上げを余儀なくされたのである。


 夏休み期間に山水中学校の生徒を対象に補習授業を行うことは、休校によって潰れた授業日数の確保というだけでなく、生徒や大人たちの心のケアを考えてのことなのである。


 夏休みの補習授業は前半戦を終え、明日からお盆休みとなる。




 下賀美神社の入口には車5台がようやく駐められる程度の小さな駐車場がある。

 駐車場のすぐ脇に高さ5メートルぐらいの大きな鳥居が立っている。いわばこの神社のシンボル的な存在である。


 耳を塞ぎたくなるほどのアブラゼミの鳴き声に埋もれるように、翔太は1人腕組みをして鳥居の柱にもたれ掛かっていた。

 視線の先には車が1台ようやく通ることができる程度の細い田んぼ道。

 彼はそのずっと先を見つめていた。


 顔から吹き出す汗があごからぽたりぽたりと滴となって乾いた地面に吸い込まれていく。

 真夏の晴れた空の下、気温は35度を優に超える。


「来たか……」


 翔太は遠目が利く。

 彼の目は遙か彼方の2人の中学生の姿をはっきりと捉えている。

 

 右が坂本佳乃・黒魔術の女。左が豊田庸平・陰陽師の男。

 2人の天敵が下加美神社へ向かって自転車を漕いでいる。

 自転車のカゴには3匹の猫の姿も見える。


 翔太にとって、彼らは招かざる客そのもの。


「よりによってあいつらを招く日が来ようとは……」


 奥歯をぎりりと噛みしめ、戦に敗れて開城した城主が、敵将を待ち受けるかのような風体で、仁王立ちしている。

 もちろん招いたのは翔太ではない。

 そして、彼はこの下加美神社の主でも、息子でも、親戚でもない。

 神社の一人娘、詩織の友人に過ぎない。


 しかし――

 何という敗北感―― 


「詩織ー、先輩たちが到着したぞー!」


 開けっ放しの玄関から家の中に向かって声をかける。

 『先輩たち』という呼び方は翔太にとっては不本意なこと。

 しかし『先輩たち』の前では礼儀正しく振る舞う。

 それが彼が同席を許された条件なのだから仕方がないのだ。


「佳乃せんぱーい、いらっしゃい!」


 詩織は佳乃の手を握り、満面の笑み。


「今日はお招きありがとう。あ、これうちの母から……」


 そう言いながら煎餅か何かの包みを佳乃が渡す。


「そんなお構いなく……私の母は病床の身なので顔は出せませんがお二人によろしくと言っています。あと父はそのうちひょっこり顔を出すと思いますので……あ、どうぞ上がってください。豊田先輩も今日はありがとうございます!」


「お、おう……じゃあ上がらせてもらうよ」


 2人の先輩は詩織の先導で板張りの廊下を歩いて行く。

 その後ろを白、黒、茶の3匹のねこが付いていく。


 翔太はその猫たちの後ろ姿を見ながら注意深くついていく。

 彼の今日の目的は監視なのだ。



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