第87話 最高のアイデア
この日の補習を終えた庸平たちが、昇降口で運動靴に履き替えているとき、ぱたぱたと慌ただしく廊下を走る靴音が近づいてきた。
「佳乃せんぱーい、私やりましたよー! 再テストに合格しましたぁー!」
小さな手をぱたぱたと目一杯動かしながら、詩織が駆け寄ってきた。
佳乃は慌てて腕を広げて小さなカラダを受け止める。
「合格おめでとう! 詩織ちゃん」
「ありがとうございますーっ!」
二人は抱き合いながら、その場でくるくる回る。
すでに運動靴に履き替え終わっていた庸平と智恵子は、それをやや冷めた目で見ている。
しばらくすると、ハッと何かを思い出したように詩織が動きを止め、すまし顔になって佳乃からはなれた。
佳乃、智恵子、庸平の顔を順番に見てから、ちょこんと頭を下げる。
「先輩方、この度はご指導ありがとうございました! お陰様で英単語テストの再試験、無事に合格できました!」
神崎詩織は下加美神社の一人娘。こういう礼儀作法はしっかり身についているのだ。
「ううっ、詩織ちゃん……これで明日から登校しなくて済むのね……」
詩織の合格を素直に喜ぶべきなのは佳乃も充分に分かってはいるのだが、寂しさが先に立つ。目をうるうるさせて、今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。
「先輩! 私、明日からも先輩に会いに来ますから! 園芸部の水やり当番を、私がすべてやることにします!」
「そ、そうなの? やったー!」
「坂本先輩!」
「詩織ちゃん!」
二人はひしと抱き合った。
「は? お前、お盆は神社の行事があって、巫女の仕事で休む暇もないってぼやいていたじゃんか!」
全身泥だらけになった桜木祥太が昇降口の入口に立っていた。
「確かにお盆は仕事で忙しいけれど、学校の勉強を優先しなさいってお父さんに言われているから大丈夫なんだよ。それにしても翔太、その格好はどうしたの?」
「これは教頭センセーに植木の植え替えを手伝わされてよー。……そんなことより、お前俺の都合も確かめずに水やり当番のこと、勝手に決めるなよ!」
「えー、祥太はどうせヒマでしょう? 今日だって用もないのに私の登校に付いてきているし、ウチで巫女の仕事をしている間だって、ずっと私と一緒にいるでしょう?」
「そ、そりゃあ……詩織を守るのが俺の仕事だからな……神様からも絶対にお前から目を離すなって、口を酸っぱくして言われているし……俺もお前を一人にするのは心配だし……」
「あっ……そうなんだ。……いつもありがと!」
「いや、まあ……確かに俺がヒマってのもあるんだけどよ」
「やっぱり? うふふふふ」
昇降口の入口と靴入れの前という離れた場所に立つ二人が、頬を赤らめてモジモジしている。
ちょうどその二人の間に挟まれた位置に立っている庸平は、ジト目でそれを見ていた。
「んーと、詩織ちゃん? お家のことが忙しいならば、無理して来なくてもいいのよ? ほら、せっかく再テストに合格して、晴れて自由の身になったわけだし……」
と言いながら、佳乃は涙目になっている。
「そうだな、どのみち9月になれば、俺たちもここに登校するんだから毎日会えるだろ!」
「はあーっ? 分かってないわねぇー庸平は! 夏休み中だというのに毎日会えるってのがいいんじゃないの!」
「ええーっ、俺はお前の話しに合わせただけなのによ!」
不本意にも佳乃に反撃されて、庸平も涙目になった。
「あっ! 私、いいこと思い付いちゃいました!」
詩織が向日葵のようにパアっと明るい笑顔を見せた。
「先輩たちが、帰り道にうちの神社に立ち寄ってください! そうすれば、私たちは毎日会うことができるじゃないですかー!」
「詩織ちゃん、それサイコー!」
「「ええーっ!」」
佳乃以外のメンバーが一斉にしかめっ面をした。




