第83話 マジなの?
マンションの鍵を開け部屋の電気をつけた私は、すぐにベランダの窓を開ける。
「だたいま!」
ベランダの手すりにとまっていたカラスは、バサバサと羽ばたき部屋の中に入ってくる。
実家を出て一人暮らしの私は、自分が思っていたよりも話し相手を欲していたんだろう。夕食の準備中も、カラスの彼に今日一日の出来事など取り留めのない話をする。
ガラステーブルに座って夕食を食べながらも話は続く。
不思議なことにカラスの彼は何を与えても口にすることはなかった。カラスは雑食性のはずなのだけれど。日中にいっぱい食べて来て満腹なんだろうか?
ちょっとは付き合ってくれてもいいのに……
夕食後、洗い物をしていると、ケイタイに着信がある。実家の母からだ。
学生時代は音楽にばかり熱中していた私を、母は『行き遅れ』になるのではと心配している。
親戚の知り合いの方とのお見合いを勧めてきたが断った。
今の職場に好きな人がいるからと適当にうそぶいたら、母は真に受けたようだった。まあ、まんざら嘘でもないからいいか……
そんな電話のやりとりの時も、カラスの彼は私をじっと見ている。よほど人間に興味があるんだろう。
その日の夜も、彼はねぐらに帰ることなく、私のベッド脇の段ボールに寝た。
実はこんな生活が1週間続いているのだ。
朝方、うつらうつらした意識の中で、イケメンの彼に出会う。
「おはよう、チュッ」
彼は今日もとろけるような笑顔で、おでこに優しくキスをしてくれた。
「ね、君の恋人の話を聞かせて!」
彼は突然、そんなことを言い始めた。
「僕は恋愛成就の神だよ」
「……はい?」
「君の願いならどんな恋愛も叶えてあげるよ」
「えっと……」
「驚くのも無理ないね……じゃ、今日は僕の身の上話から聞いてもらうか……」
彼の話を要約すると次のようになる。
彼は恋愛成就の御利益で名をはせた神様だった。
それが同業者が蔓延る昨今、神社は廃れ、神主が去ってしまった。
廃屋となった神社に神様は存在できない。
行き場を失った彼は、カラスに姿を変えてこの世を彷徨っていた。
それから30年。
もうすぐ寿命を迎えるとともにこの世から自然消滅するのを待っていた。
「そんな時、君に助けてもらったんだ」
彼は私の頭をポンポンしてから、とろけるような笑顔になった。
「分かったかな? 僕は恋愛成就の神だから君の願いを聞かせてくれ。一つだけ望みを叶えてあげるよ。僕にはそのぐらいの事ぐらいしかできないからね」
イケメンの彼はそう言った。
そこまで説明されても私は信じるわけにはいかなかった。なぜなら――
「これって、夢の中なのよね? 夢の中で恋愛成就と言われても……」
「君はこれが夢だと思っているのかい? ふふっ、僕の言うことを信じないなんて、しょうがない子猫ちゃんだね!」
彼はとろけるような笑顔の中に、いたずらっぽさを加えたような絶妙な配合の表情で私に顔を寄せてきた。
「えっ、な、なに?」
私たちは熱いくちづけを交わした。
半年ぶりのキス……
……ごめんなさい見栄を張りました。中学時代ぶりです。
しかもそのときは友達とふざけ半分でちょっと唇をくっつけただけです。
私はイケメン男性とのファーストキスで頭が真っ白になり……目を覚ました。
目の前には真っ黒な物体。真っ黒なクチバシが私の口に刺さっていた。
カラスの彼は、ジェスチャーを加えながら『カアー、カアー』と鳴いている。
一所懸命に何か言っているようだけれど分からないよ……カーカー言われても。
「ちょっと待って……頭の中を整理させて!」
すると、カラスの彼はくちばしを閉じた。そしてじっと私を見つめている。
……えっと、これって……
マジなの?




