第79話 巫女舞
神崎詩織が鈴を振り始めると、ざわついていた図書室内が静まった。他人の行動が不可解なほど観衆の注目は集まる。皆、自分に危害が及ぶものかどうかを見極めるまで安心できないからだ。
カウンター席に座っていた国語教師の井上先生は身を乗り出し、メガネをくいっと持ち上げた。そしてごくりと唾を飲み込んだ。
詩織が伸ばした右腕をわずかに傾け、手首を振る。
シャン――……
小川の澄んだ水が流れのように鈴の音が響く。
くるっと体を回転させて、再び手首を振る。
再び澄んだ鈴の音。
皆の視線は詩織の一挙手一投足に釘付けになっていた。
小柄な詩織のふっくらとした柔らかそうな唇から、祝詞が上げられる。
その声は、まるで森の奥に見つけた花畑に寝転んで、耳を澄ませて風の音を楽しんでいるような心地よい歌声――
井上先生の目には一瞬、詩織の周りにお花畑が広がっていくように見え、思わず目をこすった。
(高天原に神留まり坐す――、これは大祓詞。そしてあの少女の踊りは巫女舞なのかしら……)
井上先生は少女の踊りに惹きつけられていた。
一方、生徒達は頭を抱えて苦しみ始めていた。頭が割れんばかりの激しい痛みにうめき声を上げている者もいる。
「皆どうしたの!?」
智恵子が声をかけた。
「な、何が始まったの? ねえ、庸平!」
佳乃は庸平にすがり付くように彼の袖を引いた。
「除霊の儀式が始まったんだ」
庸平はごくりと唾を飲み込む。
苦しむ生徒たちの頭上には黒いモヤのような影が塊まりとなっていく。
それが抜け出た生徒たちは次々にイスやテーブルに手を付き、力なく床に崩れ落ちていく。
巫女舞の動きは激しくなり、鈴の音のリズムも速くなっていく。
詩織の近くに立つ翔太は天井を見上げている。
その天井に向かって、黒いモヤが集まっていく。
(あれが……悪霊となりはてた魔物の欠片か……)
庸平は赤鬼の解説を思い出していた。
その欠片が一つの塊になっていく。
その事の意味を考えようとしていたのである。
「よし、悪霊が出揃ったぞ! いっけぇ――ッ!」
翔太が天井を指さす。
その合図に詩織が鈴を天井に向けて突き出し――
「悪霊退散――ッ!」
シャン――……
鈴を鳴らすと黒い塊がぎゅっと小さくなっていき――
翔太はどや顔で庸平の方へ振り向いた。
詩織は鈴を胸の前で両手に持ち替えて、ふうっと息を吐く。
パッツン前髪がふわりと舞った。
しかし、庸平はじっと天井を見上げたままだった。
なぜなら、黒い塊はまだ消えていなかったのだ。
次の瞬間――
黒い霧が一気に部屋の中に拡散し、竜巻のような風が舞う。
図書室内の本が乱れ飛ぶ。
佳乃、智恵子、井上先生の悲鳴が風の音にかき消されていった。




