第78話 鈴の音
「おまえら、何をやっているんだ?」
佳乃と智恵子、そして桜木翔太が入り口付近の窓際に立っていた。
翔太の後ろには見慣れないパッツン前髪の少女。
「遅かったな豊田ようへい! これからお前らの仲間が連れて来やがった悪霊を根こそぎ退治してやるから、そこで指を咥えて見ていろ!」
翔太がニヤリと笑う。
彼は図書室内にいる山水中の生徒たちに視線を送っていた。
「まあ、一応ここにいるメンバーは俺のクラスメートだから、悪霊を祓ってくれるなら有り難いことだが、お前は『神器の扇』とやらを土地神に取り上げられて今は無力なんだろ?」
「はんっ、そんなことは関係ない!」
「関係ないのか!?」
「そうさ、悪霊を退治するのは詩織だからな!」
そう言って翔太はパッツン前髪の少女を前に押し出した。
詩織と呼ばれる少女は『えっ? ええーっ!?』と声を上げて戸惑っている。
「ねえ翔太君、詩織ちゃんはただの女の子だよ?」
「うるさい、黒魔術の女は黙っていろ! それから俺を下の名前で呼ぶな!」
「ええーっ!? どうして……」
佳乃が翔太に声をかけ、邪険にされた。その光景は、京都での乱闘騒ぎで幾度も見かけたことなので、何も不思議には思わなかった。それよりも、友達作りが苦手なはずの佳乃が、初対面のはずの少女を『詩織ちゃん』と親しげに呼んでいることが珍しいと、庸平は思った。
「坂本先輩、実は私、山ノ神中学の1年生というのは仮の姿……本当の姿は下賀美神社の巫女なんです!」
詩織という少女は小さな体をくるりと回転させ、胸の前で手を組み、上目遣いで佳乃を見つめる。
「「か、かわいい!!」」
佳乃と智恵子が同時に言った。
翔太は生徒たちを牽制するように睨みつける。
図書室内にざわめきが広がっていく。
「ところで詩織ちゃん、家のお手伝いで巫女をやっていることは分かったわ。でもこの学校の1年生であることは仮の姿と言わなくても良いんじゃないかな?」
「あっ、そうなんですか? 私、お母さんから巫女のお仕事を引き継いだから、もう立派な社会人だと思っているんですけど……」
「そ、そう……なんだ。でもね、ちゃんと学校でお勉強するのは大事なことだと思うの。ほら、英語とかしゃべれないと外国人観光客と会話できないでしょう?」
「あっ、英語ですか……」
詩織は顔を真っ赤にして俯いた。
「なあ佳乃、その詩織という子も翔太と同じ様に土地神の神通力を使うのか?」
「だーかーらー、俺を下の名前で呼ぶんじゃ――あぎゃ!?」
庸平は翔太のおでこにデコピンを喰らわせた。
翔太はこの少女の前では暴力を振るわない。そう庸平は確信していた。
永く最弱の立場に甘んじていた彼は、そういう力関係についての勘が研ぎ澄まされているのだ。
案の定、翔太はおでこに手を当てたまま押し黙った。
「改めて紹介するわ、こちら神崎詩織ちゃん、この学校の1年生なの。この人は豊田庸平、私の同級生よ」
「あっ、初めまして豊田先輩! あの……もしかして、先輩は坂本先輩のカレシさんではありませんか?」
「「えっ!?」」
庸平と佳乃は目を合わせ、すぐに視線を逸らした。
面と向かってそう言われるのは初めてで、どう反応したら良いか戸惑っている。
「あれ? どうしましたか先輩たち。もしかして、私……失礼なことを言ってしまったかしら……」
「いいのよ詩織ちゃん、この二人はしばらく放っておいても」
智恵子は詩織の背後から手を回して、引き寄せながら言った。
智恵子のダイナマイトなボディーが背中に密着して、あわあわと小動物のような仕草をみせる詩織。
「それでぇー、詩織ちゃんはー、翔太君と同じ様に悪霊が見えているのぉー?」
「あっ、いいえ、私には見えませんよ?」
「はっ?」
きょとんとした顔を向けられて、呆気にとられる。
「見えないのかよっ!?」
すかさず庸平がツッコミを入れた。
「はい、私には見えません。だから、悪霊が見える翔太がその場所を教えてくれるんです。それを――」
そこまで言って、詩織はイスの下に置いたカバンをごそごそと漁り始める。
その様子を注目する一同。
やがて取り出したそれは、朱色の棒に金色の鈴が沢山ついた、巫女舞いで使用する神具。
「この鈴を使ってお祓いするんです!」
パッツン前髪の神崎詩織は小動物の様な仕草で、にこやかに鈴を振った。




