第77話 行くも地獄、戻るも地獄
「おまえ、どうしてここにいる? 家で大人しく待っていろと命じたはずだが!?」
「赤鬼だけ連れて来るなんてずるい……妾も主さまと遊びたいのじゃ……」
伏せ目がちに唇を尖らせて銀髪の少女が答えた。
白地の生地に赤い梅の花の刺繍が腰から下に散りばめられた着物姿。夏の暑さを微塵とも感じさせない凛とした佇まい。
しかしその身長は、幼女と言ってもおかしくはないぐらいに低い。
だから、通学用カバンをカゴに入れた庸平の重い自転車のハンドルを握る手はぷるぷるしている。
庸平の目には、その姿が何とも健気で可憐に見えた。
「白蛇おまえ……」
「ダマされるな小僧! 白蛇はおまえを色仕掛けで落とそうとしているぞ」
「赤鬼は黙っておれ! シャァァァァ――ッ!!」
赤鬼は庸平の肩にぴょんと跳び乗り、そこへ向けて銀髪の少女が威嚇した。
手を放された自転車は音を立てて倒れ、カバンが地面に転げ落ちた。
「はいはい、あんたたち喧嘩は帰ってからやりなさい!」
大橋先生が赤鬼と銀髪の少女の首根っこをひょいと持ち上げた。
ミニサイズの赤鬼はともかく、人間の少女の姿の白蛇を片手で軽々と持ち上げるその姿はまさしく人智を超えた存在――邪神の力を再確認させられる。
「豊田君、悪いけど話は後で……ね?」
ウインクをして立ち去ろうとする大橋先生。
「あ、あの……その二人は……」
「あなたが帰るときまで屋上に閉じ込めておくわ。私の学校で無用なトラブルは避けたいのよ」
「そ、そうですか……」
左手に赤鬼、右手に白蛇をぶら下げて微笑む大橋先生を前にして、庸平は素直に従うしかなかった。
自転車置き場に自転車を置いて昇降口に入ると、『ようこそ山水中学校の皆さん』という張り紙が目に付いた。
下駄箱は1年から3年まで3列になっており、3学年の『1組』『2組』という表示板の奥にその張り紙があった。
張り紙のある下駄箱に靴を入れ、カバンから上履きを取り出しながら、ふと赤鬼のことが心配になる。
(あいつら大丈夫かな……)
彼らを連れて行ったのは邪神とはいえ、この学校の教師である。
そう手荒なことはするまい。
そう思い直して、庸平は階段を上がっていく。
比較的新しい校舎の階段は掃除も行き届いており、歩くたびにキュッキュッと音が鳴る。
2階に上がると『図書室』と書かれた左向きの矢印が貼られている。
庸平はそこで立ち止まる。
(俺、このままサボって帰っていいかな……)
補習をサボって、今すぐ赤鬼と白蛇を連れて帰るという選択肢が頭に浮かんでいた。
彼が見つめるその先に、半開きの図書室のドアがある。
その中から聞こえる騒動に、彼はげんなりとしているのだ。
佳乃と智恵子の声も聞こえる。
(でも、ここで逃げ出すと後が怖いからな……)
智恵子はともかく、佳乃に恨まれると怖い。
万が一にも目の前で泣かれたりしたら……自分にはどうすればいいのかが分からない。
庸平はため息を吐きながら、図書室のドアを開けた。




