第76話 先生と教え子
「ちょ、ちょっと待て! あんたら二人はどんな関係なんだ?」
庸平が慌てて駆け寄り、桜木翔太から大橋先生を引き剥がした。
「豊田君、仮にも学校の先生のことをあんた|《、、、》などと呼んではダメよ!」
「そうだそうだ! 豊田ようへい、今日こそは決着をつけてやるぞ!」
今度は庸平に突っかかってくる先生と翔太。
「いや……だから……! 先生たちはどんな関係な・ん・で・す・か?」
イラッとした気持ちを抑えながら庸平は問う。
「はんっ、この子は私のクラスの生徒なのよ!」
「はんっ、先生は俺の学級担任だぜ!」
二人は互いに指を差しながら答えた。
大体は予想していた返答なのではあるが、改めてその事実を突きつけられた庸平は額に手を当てて空を仰ぎ見る。太陽が眩しくて頭がクラッとした。
そもそも、庸平にとって桜木翔太という少年は苦手なタイプなのだ。ギラギラした瞳に太い眉毛。身長は小学生並みに低いが猿のように俊敏な動きをする。熱血漢タイプを絵に描いたようなこの中学1年生は、彼とは真逆の世界に住んでいる。
しかも――
庸平にはまったく見えなかったクラスメートに憑いていた悪霊の欠片を桜木翔太は一瞬で見抜いていたのである。
「どうしたの豊田君? 体調が優れないのかしら?」
「どうした豊田ようへい! おまえが悪霊を呼んだ犯人だと白状する決心がついたのか?」
二人は腰に手を当てて、首を傾げた。
まるで仲の良い親子のように息ピッタリに同じポーズ。
「もういいです……俺のことは放っておいてください……」
疲れた表情の庸平が校門に置きっぱなしの自転車と荷物を取りに戻ろうとする。
すると、大橋先生がその腕を掴んだ。
「そうはいかないわよ豊田君。あなたには色々と訊きたいことがあるんだから!」
「そうだ豊田ようへい! 逃がさないぞ!」
「自転車が校門に置きっぱなしなんだよ! 逃げねえよ、図書室に仲間がいるんだからさ!」
翔太にまで腕を掴まれたことで、庸平の怒りはヒートアップ。
掴まれていた腕を力いっぱい振り、翔太の手を振りほどいた。
体の小さな翔太は大きくよろけて転びそうになる。
一触即発の場面。
翔太は足を踏ん張り、ファイティングポーズ。
庸平は後ろポケットから霊符を取り出し身構える。
しかし――
「――今、図書室って言ったか?」
「ん!? そうだが……?」
「先生! 詩織は図書室で英語の補習をするって言っていなかった?」
翔太が血相を変えて大橋先生に詰め寄っていく。
「そうよ、この時間は英語の補習と山水中学の3年生の皆さんの待機場所が被っちゃっているのだけれど、英語の補習の対象者は全校で神崎さん唯一人。問題はないはずよ?」
先生はきょとんとした顔で答えた。ただ『神崎さん唯一人』という部分は妙に怒気がこもった言い方であったのだが。
「問題大有りだぁー! くそっ!」
翔太はそう言い残し、校舎の中へすっ飛んでいった。
「何なんだあいつ……」
「何なんでしょうね、本当にどうしようもない教え子だわ!」
「いや、そういう先生も相当変わっていますよ……」
「あら、心外ね。私、この学校では唯一の美人教師として名が通っているのだけれど?」
ふふんっと笑って庸平に視線を送る大橋先生。
ピンク色の唇のすぐ下のほくろに見惚れてしまう。
「主さまは女であれば誰にでも惚れてしまうのか?」
聞き慣れた声に飛び上がるほど驚く庸平。
振り返ると銀髪の少女がいた。
腕をいっぱいに伸ばしてハンドルを握り、よろよろと自転車を押していた。




