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第55話 意識消失


 老婆に首を鷲掴みにされた佳乃。

 それでも渾身の力を込めてカマを振り上げる。

 しかし、そこで力が尽きた。


 老婆の足元に草刈ガマは転がった。


 佳乃は死を予感した。

 自分は老婆に殺される。


 これまで何度も助けられてきた白虎を、一度ぐらいは助けてあげたがった。


 しかし……

 もう、その願いは叶わない。


(白虎さん……ごめんなさい……)


 佳乃の頬に一筋の涙が伝っていった。


「我が相棒から離れよ! この外道めがぁ――――!!」


 家具の山の下から大地を震わす程の怒号が聞こえた。

 次の瞬間には山のように積み重なった家具類が一気に吹き飛ぶ。

 木製のいすは窓ガラスを突き破り、食器棚は天井を突き破り再び床に落下。

 包丁が壁の中に突き刺さる。


 老婆はその混乱の中、俊敏な動きでそれらの間を縫うように避けていた。

 天井付近を泳いでいた黄龍は、割れたガラス窓から外へ出て行った。

 佳乃は――すでに意識が消失していた――



 

 一体、どのぐらい気を失っていたのだろうか……




 老婆の手が離れた瞬間、力尽きその場に倒れ込んだところまでは覚えている。

 自分は家具の下敷きになったのだろうか。

 それならば母も下敷きになったに違いない。


 佳乃は絶望的な状況の中、自分の置かれた状況を俯瞰(ふかん)的に見る癖があった。それは彼女なりの処世術なのかも知れない。


 私を相棒と呼んでくれた白虎さんは、私が死んだら悲しむのだろうか。

 うん、きっと悲しんでくれる。

 赤鬼さんが京都の旅館で消えたときと同じようにね。


 お父さんは……泣いちゃうよね。

 新しいお母さんが家に来て以来、あまり話さなくなっちゃったけど……

 お父さんは涙もろいところがあるから。


 もしお母さんも一緒に死んじゃっていたら……

 お父さんいっぱい泣いちゃうよね。

 私のこともお母さんのことも同じぐらい大事に想ってくれていること、私ちゃんと知っていたよ、お父さん。


 智恵子も大泣きするよね。

 おじさんと一緒にお経をあげてくれるかも。


 あーあ、私の人生って、何だったんだろう。


 本当の母さんと死に別れて、

 新しいお母さんにはいっぱい反発して、

 お父さんに怒られて。


 新しい学校ではいじめられて、

 最弱とか言われちゃって……


 あっ、でも……


 庸平に出会ってからすこし変わったかな。


 赤鬼さんが来て智恵子と親友になって、そのあと白虎さんも来て……


 うん、ちょっと楽しくなってきたな……


 あれ?


 私……

 幸せだったの?


 ずっと不幸だと思っていたけれど……

 私、幸せだったの?


 あれ?


 庸平と一緒にいられたから……


 えっ?


 庸平は、

 私が死んじゃったら泣いてくれるかな?


 …………。


 ううん、あの人は……

 私が死んじゃっても泣かない!


 あの人が泣いているところが想像できないもの。

 『死んだ奴には興味ない』とか言いそうだよ――



 佳乃は、指の先を動かしてみる。

 人差し指がピクリと動いた。

 続いて足の指も動くことを確認した。



 頬に水が当たっている感触――



 屋根が吹き飛んで雨が降きこんできているのだろうか?

 そうならば自分は家具に押しつぶされていないはず……


 助かったのだろうか?


 雨が止まない。


 温かい雨……



 ――――!?



 佳乃はゆっくりと目を開ける。



 目の前には庸平の顔があった。

 彼は、懸命に佳乃の名前を叫んでいた。

 目からは止めどもなく涙がこぼれ、佳乃の顔に落ちていた。


 佳乃が目を開けたことが分かると、


「良かった……もう目を覚まさないのかと思ったぞ……」


 涙を見られるのが恥ずかしいのか、佳乃に背を向けた。

  

 佳乃は上体を起こし、自分の頬に流れ庸平の涙の感触を手で確かめてから、


「また……庸平に助けられちゃったね……私……」


 彼の後ろからそっと抱きついた。


「俺は……お前のことを助けた覚えは……一度もないけどな」


 佳乃が気を失って倒れていたリビングの一帯は、青白い光を放つ結界障壁によって落下物から守られていた。母を寝かせていた壁際までその空間は続いており、母は佳乃が寝かせたままの姿勢で横たわっていた。


「あっ、そうだ……お前の母ちゃん大分傷が深かったけど、赤鬼の奴が治療してくれたからもう血は止まっているぞ」

「えっ? 本当に?」

「赤鬼は大した奴だよ。魔物のことも何でも知っているしな……ここへ向かう間にも白い婆さんのことをいろいろ聞いていてさ……そのせいで白虎たちよりも来るのが遅れてしまった。ごめんな!」

「ううんいいの……だって、ちゃんと間に合ってくれたでしょう?」


 佳乃は手で涙を拭い、ニコリと笑った。

 それは庸平と智恵子の友人二人と夕方に別れて以来、3時間振りの笑顔だった。


 ビシッ――!

 

 異音に気付き、庸平は天井を見上げる。

 結界障壁の天井部分に亀裂が生じていた。


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