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第53話 ごめんね

 老婆の背中がキッチンカウンターに激突する。

 そこに置かれていた調味料やスプーン入れが落下する。


「邪魔をするんじゃないよっ、お前は用無しだよ!」


 老婆のカマの刃が母の脇腹から背中にかけて鋭く切り裂いていく。

 血しぶきがカウンターからキッチンの壁まで飛び散っていく。


「や、やめてぇぇぇー!」


 佳乃は泣き叫ぶ。

 凄惨な状況に腰が抜けてその場から動くことができない。

 

 母は足をふらつかせながらも、壁に手を付いて何とか持ちこたえた。


 一度倒れたらもう動けない。

 それでは娘は助けられない。

 まだ自分は動ける!


 母は命を捨てる覚悟を固めた。


 唇を噛みしめる。

 

 そして――


「娘には指一本触れさせないからぁぁぁ」


 母は最後の力を振り絞って壁を手で力一杯押して老婆へ向けて突進する。

 母の叫び声に佳乃は目を見開く。


 しかし、老婆は母には目もくれず、左手をすっと持ち上げる。


 すると――


 ダイニングに置かれた木製の椅子がズズズっと床を這い、加速し、母の腹部に直撃する。


「おかあさぁぁぁぁん――――!」


 佳乃の絶叫が坂本家のリビングに響き渡る。


 母は壁に押し戻され、力なく崩れ落ちた。


 母が引きずられた動線の床には、ライン状に真っ赤な血糊が付着していた。


「もう邪魔者はいなくなったねぇー、おじょーさん……」


 白髪の老婆はそのしわしわの顔で、佳乃をのぞき込む。


 腰を抜かして床に手足をつけていた佳乃は、悲鳴をあげて手足をじたばたさせて後ろへ下がる。


 ドンと窓ガラスに背中が衝突し、それ以上は後退できずに両手を顔の前に出して防御の姿勢をとる。


「そんなに怖がらなくていいんだよ、おじょーさん。わたしはね、おじょーさんの体が欲しいだけなんだよ。だから大人しくしていれば殺しはしないよぉ……」 


 老婆はしわがれた甲高い声でそう言った。

 佳乃は震えながら、問いかける。


「わ、私の身体って……ど、ど、どいうこと?」


「少しの間目を閉じているだけで良いんだよ。そうしたらおじょーさんの身体にわたしがはいりこんでいくから……」


「そ、そうしたら……私はどうなるの?」


「どうにもならんよ? ただおまえはぼうっとしておれば良いのだ。わたしが復讐を成し遂げるまでの間……」


「復讐? あなたの復讐って……?」


「下ヶ治寺の娘を汚してやるのさ……永年の我が恨みを晴らすときがようやく訪れようとしているんだよ」


「えっ? 寺の娘って……智恵子のこと!?」


「チエコ……そうか……あの娘はチエコという名か。ふぉっふぉっふぉっ…… わたしの15の時ほどではないが、あやつもなかなか良い生娘に育ったのぉ……」


「わ、私は……あなたの復讐には手を貸せないから……だって、智恵子は……」


 私の親友――

 そう言いかけて佳乃は不安になる。


 自分達は本物の親友になれたのだろうか?

 赤鬼騒動の記憶が脳裏をかすめた――


 しかし老婆は佳乃の反応は気にも留めていない。

 しわしわの手で佳乃の額をガッと鷲づかみにする。


「さあ、心をひらけ……うっ!?」


 老婆が驚き声を上げた。

 それと同時に佳乃は老婆の手を払い、その場から逃れる。


 壁とイスの間に挟まって動かない母の所へ駆け寄り、


「ねえ、大丈夫? 生きているよね?」


 母の肩を揺らす。

 母は薄く目を開き、


「佳乃ちゃん……さっき、私のこと……お母さんって……」


 そう言いかけて、母は気を失った。

 

「おじょーさん……オマエは一体……何物なんだい……」


 佳乃の背後から老婆の声。


「私は……坂本家の娘。そして黒魔術師よ!」


「そういうことではなく……豊田とはどんなカンケイなのかと聞いておる」


「えっ? よ、庸平と……ど、ど、どういう関係って……えっ……?」


「……答えぬならもう良い。オマエは使えぬ。そしてキケンだ。今この場でトドメを刺しておくことにスル……」


 そう宣言した老婆は両手を斜め上に持ち上げる。


 するとキッチンにある包丁、ナイフ、フォークなどの凶器を始め、リビングにあるペン、千枚通し、ドライバー、ハサミなどが空中に浮遊する。


 老婆が指をパチンと鳴らすと、それらの鋭い先端が佳乃にロックオン。


 無数の凶器が佳乃1人を標的として老婆の合図を待っていた。


 佳乃は母から離れようとする。

 その佳乃の腕を母がつかむ。また息を吹き返していたのだ。

 佳乃は母の目を見つめ、首を横に振る。

 しかし、母は深傷を負ったその身体で佳乃を抱きしめる。

 グッと身体の向きを変え、佳乃を庇うように老婆に背を向ける。


「お、お母さん……無駄だよ……もう……私達は……」


「親っていうものはね……娘には一分一秒でも長く生きていてもらいたいものなのよ……ごめんね……こんなことぐらいしかできない母親で……」


 老婆が手を振り下ろす。


 無数の凶器が母娘に向かって降り注いだ。

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