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第47話 白蛇伝説

 智恵子が家に帰ると、住職である父が本堂に白い縄を奉っている最中であった。

 それを見て、智恵子が思い出す。


「あっ、今日は7月2日、……白蛇さんを祀る日だったね」

「おや、智恵子お帰り……ん? お前、今日はどこへ行っていた!?」

「えっ? ど、どこへって……豊田君の家と佳乃ちゃんの家と、あとショッピングセンターに行ったけど?」


 いつもは遠慮がちに話しかけてくるばかりの父が、めずらしく食い気味に問い詰めてくるので智恵子は動揺した。


「何か変わったことはなかったか? たとえば……そう……蛇に遭ったとか?」

「へ、ヘビ? ああ、今日は白蛇さんを祀る日だからね。ごめんなさい、ウチ、遊びに出ちゃいけなかったかな?」

「い、いや……そうではないよ。そうか、何もなかったのなら良いんだ」


 そう言って、父は穏やかないつもの表情に戻った。

 父は白い縄を本堂の柱に巻いていく作業に戻る。

 その父の後ろ姿を眺めながら、智恵子は村に伝わる昔話を思い出していた――


 *****


 昔、この地には落武者が隠れ住んでいた。

 心優しい村人は彼らを受け入れ、仲良く暮らしていた。

 しかし残党狩りに見つかり、彼らは惨殺される。

 その混乱に村人の半数が巻き込まれた。

 村で一番美しいと評判の、白い肌の娘も死んだ。

 やがて娘の身体は白蛇に変化し、山奥へと消えていった。

 その出来事から以降、村には赤子が生まれなくなってしまう。


 困り果てた村人は、高名な僧侶に祈祷を依頼した。

 僧侶がお経を上げると、山の方から白蛇の姿が見えるという。

 これは白蛇の祟りであると。

 僧侶の指示で山の窪地に洞を造り、そこに白蛇の塚を祀った。

 その年から村人は1年に一度、白蛇の塚に紙人形を奉納した。

 無残な最後を遂げた娘の心が安らぐように。

 それから間もなく村には子宝が授かるようになったという――


 *****


 家族団らんの夕食が終わり、智恵子は食器の片付ける母を手伝おうと食卓を立つ。すると、父に呼び止められた。


「智恵子も15歳、来年はもう高校生だから……もうそろそろあの話を聞かせても良い年頃だと思うんだけど。どうかな?」


 と、父は自分の母、つまり智恵子の祖母に向かって少し固い表情で訊いた。

 祖母はお茶をすすりながら、こくりと頷く。

 あぐらをかいていた父は座り直し、食卓のちゃぶ台に両手をついて身を乗り出す。

 まるで説教でもされるような雰囲気に、智恵子はつばをごくりと飲み込んだ。


「じつは……お前たちが知っている白蛇伝説は子供向けのおとぎ話でな……本当の白蛇伝説はもっと陰惨なものなんだ……」


 そう前置きをして、父は真実の白蛇伝説を語りはじめた――


 ***** 

  

 昔、城から落ち延びた一行がこの村にたどり着いた。

 村人は彼らを受け入れ、共に暮らしていた。

 一行の中には白く透き通るような肌の美しい娘もいた。

 地域を納めていた城の姫君ではと噂されるが誰も真実を探ろうとはしなかった。

 敵側に情報が漏れると討伐隊が村へ押し寄せてくることがわかりきっていたから。

 村人と落人は結束していた。

 

 ところが、娘が15歳になった年、村の男達に襲われる事件が起きた。

 娘は嘆き悲しみ、食事も摂れないほどに衰弱していく。

 見かねた落人たちは犯人を探そうとするが、村人の協力は得られなかった。

 やがて落人と村人達の争いは凄惨な事件に発展する。

 7人の落人は全滅。娘の付き人は自害。村人の半数も死に絶えた。

 時期を同じくして、娘も息絶えた。

 その亡骸は白蛇に姿を変え、山の中へ消えていった。

 白蛇は落人の怨念と娘の霊魂が融合した姿であると言われている。


 それからというもの、村には赤子が生まれなくなった。

 困り果てた村人は、高名な僧侶に祈祷を依頼する。

 僧侶がお経を上げると、山の方から白蛇の姿が見えるという。

 これは白蛇の祟りであると。

 僧侶の指示で山の窪地に洞を造り、白蛇の塚を祀った。

 そして村で一番美しい娘を人身御供として毎年1人ずつ供えるようにと。

 すると次の年から村は子宝を授かるようになったという――


 *****


「お父さん……人身御供って……もしかして……」


 智恵子は眉根を寄せて父に問う。

 すると、父は表情を変えることなく、淡々とした言い方で、


「簡単に言うと生き埋めだな。昔はそういうことが行われていたんだ。もし人身御供の風習が現代まで残っていたとしたら、15歳になる智恵子の学年が対象になるんだぞ。すると選ばれるのは智恵子だろう?」

「それって……うちが村で一番美しい娘と言っているようなものね。こんなありがた迷惑な親バカぶりは聞いたことないわ……それで、人身御供の風習はどれくらい続いたの?」

「正確にはわからないが、程なくして生身の人間の身代わりとして紙人形を奉納するように変わったらしい。その日のために用意した紙人形を村人全員が白蛇の塚へ奉納したということだ。その行事の拠点としてここ下ヶ治寺が作られたんだよ」

「そ、そうだったの? このお寺ってそんな場所だったの」


 驚く智恵子に、祖母が口を開く。


「かがち……昔の言葉で蛇のことをカガチと呼んだんだのよ。下ヶ治寺の名前の由来はそこからきていると言われておるのよ。智恵子も村の女として生きていくからには、白蛇さんの話はしっかり伝えていかんとね」

「そうなんだ……このお寺にそんな歴史があったなんて、びっくりしたわ……」


 あごに手を当てて昔話に思いを馳せる智恵子に向かって、父は人差し指を立てて言葉を繋げる。


「そしてもう一つ、これは諸説あって不確かな伝記なのだが……いや、それは智恵子は知らない方がいいか」

「なにそれ、そこまで言ったなら最後まで言ってよ! 気になっちゃうじゃない」

「すまんねえ、この子は昔から勿体ぶった話し方をしよる子なのよ」

「か、母さん……智恵子の前でそういうことは……」


 父は頭をぼりぼり掻いて、困り顔で話を続ける。


「白蛇伝説に登場する高名な僧侶なんだか……一説によるとそれは僧侶ではなく陰陽師、豊田家の先祖だった可能性があるらしい――」

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