第45話 蠢く紙人形
庸平がポケットから取り出した物は、智恵子が白髪の老婆からもらった折り紙人形である。自転車の前カゴから落ちた人形を庸平が拾い上げ、その流れて彼がポケットにしまっていたのである。
「どうしたの豊田君? 急に大きな声を上げて……」
「いや……お前から預かったこの人形が……いや、なんでもない」
「ねえ、なにそれ、私にも見せて!」
不思議な物好きの佳乃が身を乗り出して食らいついてくる。
庸平はガラステーブルに老婆からもらった人形を置く。
老婆お手製の複数の折り紙を組み合わせて作られた髪の長い女の子の人形。その人形も今やジーパンのポケットに入れていたせいで微妙に身体が歪み、首は90度右を向き、B級ホラー映画に登場してもおかしくない様相を醸し出していた。
「うわぁ……つぶれちゃったねぇ。悪いけど、ウチこれ要らないから」
「はあっ? 長谷川が婆さんから受け取ったんだろう、最後まで責任をとれ!」
庸平は人形を本来の持ち主である智恵子に押しつける。
「やだやだやだ、何だか気持ち悪いもの! 呪いの人形みたいになっているしぃ-」
「それは人形をくれた婆さんに失礼だろう! よく見ろよ、ほら! 呪いなんかかけられていないぞ?」
庸平が手の平に人形を乗せ、智恵子の目前に差し出す。
智恵子は警戒しながらも人形を改めて見る。
「……たしかにただの紙人形ね。ごめんね豊田君。ウチ取り乱しちゃって……」
「いいさ、分かってくれたのなら。あれ、やっぱり動いているよなこれ、ほらっ!」
「ひぃぃぃ――ッ」
智恵子は佳乃に抱きついた。
庸平の手の平の上で、紙人形は首をきゅっきゅっと左右に動かしている。
悲鳴を上げる智恵子に対して、佳乃は食い入るように身を乗り出す。
「ねえ庸平……あなた、その人形にいつもの術を使って動かしているの?」
「いや、陰陽師の術式は使っていないぞ?」
「じゃあ……本当にその人形が自力で動いているのね……すごい! ねえ、それ私に譲ってくれないかな?」
「あげるあげる、あげるから早くそれ仕舞ってよー! 豊田君、佳乃ちゃんに渡してあげてぇぇぇーッ」
気味の悪い紙人形は智恵子には恐怖の対象でしかないが、中二病を患い中の佳乃にはお宝に見えるらしい。瞳をきらきらさせて、大切なものを扱うように人形を受け取った。
「それにしても、俺がここに座ったとたんにそれが動き出したのだが……何だかこの空間に妙なエネルギーを感じるのは気のせいだろうか?」
「うっ!」
佳乃がぎくりとして、思わず人形を落としそうになる。
その様子を見た庸平は怪訝な表情になる。
「おまえ……なにか心当たりがあるだろう?」
「い、いいえ。なんにも心当たりはない……けど?」
「おい、目を逸らすな。本当に、本当に心当たりはないんだな!?」
「そ、それは……」
佳乃の視線がガラステーブルの下、夏には不釣り合いな茶色のラグマットに向けられている。それを見た庸平は――
「おい長谷川、カーペットをめくってみろ!」
庸平はガラステーブルを持ち上げ、智恵子にラグマットをめくるように指示する。
智恵子がマットを引っ張ると、フローリングの床面には直径2メートル程の魔法陣が油性マジックで描かれていた。庸平が座っていたあたりが魔法陣の中心になっていたようである。
「佳乃ちゃん……引っ越してくる前の家ではやっていたって聞いていたけど……この家でもやっていたのね」
「ううん、それは違うの。昨日、警察からの帰り道にあの人達と言い争いみたいになっちゃって……それでむしゃくしゃしていたから……寝る前にちょっと……」
「佳乃ちゃんて気晴らしのために黒魔術をやっているの?」
「ちがうけど……それはちがうけど……」
佳乃は悔しそうな表情をうかべ黙り込む。
智恵子は深くため息をつき、庸平に助け船を期待するように視線を送った。
庸平は諭すような口ぶりで、
「俺は家庭の事情とやらについては深く関わるつもりはないけれど、腹いせに黒魔術をやるのはやめておけ。佳乃の黒魔術は魔物を引き寄せる力があるようだし……学校の屋上みたいな騒ぎになったら、こんな家ひとたまりもないぞ」
「こ、こんな家!?」
「あー、豊田君。それは心配ないと思うよ。うちらの中学校の敷地はね、昔から幽霊や魔物が出るので有名な場所だったんだって。そこで当時の村の人たちが厄を閉じこめる目的で学校を建てたらしいの」
「なにその話……まるで村の黒歴史じゃないか。誰だよ当時の村の人たちって……まだ生きているんだったら文句を言いに行ってやる!」
「……豊田君のお祖父さんもその一人らしいよ? 若い頃は村の相談役みたいなことを任されていて、風水とか占いで学校や村役場などの場所を決めたり、鎮守の森を作ったりしたんだって。ウチのお父さんから昨日聞いたの」
「……マジか?」
「ウチ、それを確かめたくて今日豊田君の家に行ったんだけどね。もしその話が本当なら、佳乃ちゃんの黒魔術が学校の屋上で発動するのはあの土地だからこその現象なのよ」
「はい、それには反論があります!」
佳乃が手を挙げて何かを言いたがっている。智恵子が発言を促すと、
「私が引っ越す前の家でやった黒魔術は確かに失敗続きだったわ。それは認める。でも修学旅行先でやった時には京都でもちゃんと魔物が出現ていたし、今だってこの紙の人形が反応を示したでしょう? だから私の黒魔術はまぐれとか学校の屋上が特別な場所だからというわけでなく、きちんと効果があると思うのよぉぉぉーッ」
と、ここまで一息に話した佳乃は息が苦しくなって勉強机に手をかけて、呼吸を整える時間が必要であった。その様子を見ていた庸平は、ふと机の上に立てかけられた家族写真を目にする。
「それ、ずいぶん小さいときの写真だな。小学校に入学したころかな? 昔の佳乃ってけっこう……いや……なんでもない」
「はあっ? 私が太っていたとでも言いたいの? 黒魔術でのろい殺すわよ!?」
「怖いこと言うなよ、おまえの黒魔術はそこまでの力はないだろ? と、とにかく話題を変えようぜ。せっかく遊びに来たんだからさ、トランプでもやらないか?」
その後、3人はトランプやカードゲームなどで時間をつぶし、午後は自転車で1時間かけて新町のショッピングセンターへ行き更に時間をつぶした。自宅学習を命じられている立場であることも忘れて――




