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第43話 父の黒歴史

「えへ、来ちゃった!」


 ブルーの水玉模様のワンピース姿の長谷川智恵子が手を後ろに組んで前かがみになって照れ笑いしていた。

 庸平はふらっとよろけて玄関の壁にもたれかかり、額に手を当てる。


「悪かったわね佳乃ちゃんじゃなくて!  そうあからさまにがっかりされると、さすがのウチでも傷付くんですけどーッ!」


 口をとがらせて智恵子が不機嫌そうに言う。


「いや……佳乃だと勘違いしたのは確かだけれど……べ、べつにがっかりなんかしていないぞ! ほ、本当だからなっ!」

 

 そう言って庸平は智恵子を見るが、すぐに目を逸らしてしまう。

 もともと背がすらっと伸びて発育の良い体型をしている彼女は、ワンピを着ることによって胸の谷間が強調されて、目のやり場に困るのだ。


「ねえ、さっきの人が豊田君のお父さんでしょう? 面白そうな方ね!」

「はあ? あの堅物親父のどこが面白いっていうんだ?」

「だって、お父さんが中学生の頃には、今の佳乃ちゃんみたいなことをやっていたんでしょう?」

「なにそれ初耳だけど? いったい誰に聞いたんだよ」

「あっ、おじ様……お出かけですか?」


 2人が玄関先で話し込んでいる間に、身支度を調えた庸平の父がスーツ姿で出てきた。グレーの上下に青い縦ラインの入ったシャツをダンディーに着こなしている。7月で気温がぐんぐん上昇しそうな晴れた日の朝だというのにサラリーマンは大変である。


「庸平、父さんは今から会社へ行くが……いくら学校がなくて暇だからって、ガールフレンドを泣かせるようなことはするなよ?」

「ちがうちがう、ちがうって! 長谷川は俺の……あれ? 何なの?」

「はあ? あんたウチにそれを聞くぅ――?」


 ほっぺを膨らまして可愛らしく怒るワンピース姿の智恵子を見ながら、父は何かに気づいたようで、


「長谷川さんって、下ヶ治寺の娘さんか!? いやぁー、庸平と同い年の子供がいるとは聞いていたが、こんなにべっぴんさんだとはなぁ-。いやぁー、庸平には勿体ない」

「父からおじ様のことは聞いております。父と仲良くしていただいてありがとうございます。あっ、それからウチと豊田君とはただのお友達ですからっ!」

「そうかそうか……いやぁ、キミのお父さんとの学生時代の話は、言うなればぁー……なんだ、ほら、若い人達がよく言っている……」


「黒歴史、ですか? おじ様」


 にこやかな表情でさらっと言い切る智恵子を、庸平は驚いて見つめる。


「ああ、そうそう。黒歴史だ。……そうか、庸平の彼女さんではなかったのか……ちょっと残念だよ……」


 そう言い残し、庸平の父は車に乗り込む。軽トラックの運転席にダンディーなスーツ男という構図が哀愁を漂わせていた。 



 *****



「うわぁー、可愛いネコちゃんじゃない! この子の正体が本当にあの恐ろしい龍なの?」


 黄龍と黒龍がそれぞれ茶猫と黒猫に変化(へんげ)したと聞いて、智恵子はプレハブ小屋に来ていた。可愛いものが大好きな智恵子が茶猫を抱こうとすると、


「おいやめとけ! そいつ噛むぞ!?」


 庸平が慌てて止めようとする。

 しかし智恵子は躊躇することなく茶猫の頭をなでなでする。

 茶猫は『キュルキュル……』と甘えるように智恵子にすり寄っていく。

 その仕草はまるで普通の猫のようだ。鳴き声は少し変わっているのだが。


「そいつ、今朝俺に喰いつこうとしていたんだぜ? なんで長谷川には懐いているんだよ。魔物って女子が好きなのか?」

「えー、きっとそれは甘噛みしようとしていたんじゃない? こんなに可愛いんだもの……うふふふっ」


 智恵子が茶猫を抱っこすると、ペロペロと彼女の腕をなめはじめた。


「おい、味見されてるぞ?」

「まったく……豊田君がそんな敵対的な態度だからから嫌われちゃうんじゃないの? ねー、黄龍ちゃーん」

「いや、だからダメだって……魔物に気を許すと身体を乗っ取られるぞ! 佳乃みたいに!」

「そしたら豊田君がウチのこと助けてくれるでしょ? 佳乃ちゃんみたいに……」


 悪戯っぽく笑う智恵子。

 庸平は彼女の真意がどこにあるのかが分からず口ごもってしまう。


 ふと、智恵子の腕の中の黄龍を見ると、大きな口を開けて彼女に喰らいつこうとする素振りを見せた。


「あぶない――!」


 慌てて智恵子の腕を右手で引き寄せ、同時に左手で黄龍を畳の床に払い落とす。智恵子はバランスを崩して倒れそうになる。それを庇うように庸平が智恵子の頭の後ろに腕を回し、そのまま2人同時に倒れ込む。幸いにして二人が倒れた場所は、布団や脱ぎ散らかしたジャージ類がクッションとなり、怪我をしなくて済んだのだが――


 まるで庸平が智恵子を押し倒したような体勢になっている。


「ちょっ、ちょっと豊田君……人が見ているよ……」


 頬を赤らめて言った智恵子の視線の先には赤鬼がいた。いつの間にか夜中の散歩から帰ってきていた赤鬼は、ちゃぶ台の上にあぐらをかき、まるでどこかのオヤジのような風体で古文書を読んでいた。


 庸平と目が合うと、呆れたようにため息をついてから、

「騒がしいな人間共よ……ワシの読書の邪魔をするな!」

 と言ってから、また読書に戻った。


「赤鬼は人じゃないだろう? 魔物を人と同等に見ているとろくな目に遭わないぞ。それに俺は人に見られて恥ずかしいことはしていないからな!?」


 そう言いながら、庸平は上体を起こして智恵子に背を向けた。智恵子を黄龍の牙から守ろうとした末のこととはいえ、エッチなことを妄想するには充分なハプニングであった。庸平の心臓は高鳴りを押さえられない。同時に智恵子に変な誤解をされていないかどうかが気がかりでもあった。


 しばらくの沈黙。

 

 おそるおそる振り向きつつ、庸平は声をかける。


「ところで……さ。長谷川は今日……何の用事で来たんだ? まさか……俺に会いに来たとか……?」


「うふっ、だったら……どうする?」


「えっ?」


 庸平は驚いて智恵子の顔を見る。智恵子は真顔で庸平を真っ直ぐに見つめていた。

 庸平の目が泳ぎはじめるのを見た智恵子は突然表情を崩して、


「……なわけないじゃん! うちの心は翔太君一筋なの。ねえ、どきどきした?」

「し、してねーから!」


 と否定するも、目は口ほどに正直である。彼は明らかに動揺していた。しかし、智恵子はこれ以上は庸平を追い込むつもりはないらしい。


「なーんだ、どきどきしなかったのか。つまんない……」

「翔太って……あの京都で会った悪霊退治の奴のことか?」

「そう。またいつか逢えると良いなぁ……」

「じゃあ、お前一人で京都へ行ってこいよ。黄龍と黒龍にはもう会えたから俺らはもう京都に用事はなくなったから」

「ねえ、ちょっとひどくない? なにその冷たい態度は。佳乃ちゃんのこととなると目の色が変わるくせに! まあ、いいわ。翔太君とは近々再会しそうな気がするから大丈夫……」

「なにそれ。女の勘というやつか?」

「寺の娘の勘とでもいうのかしら。ウチ、時々そういうことがあるのよねー……」


 智恵子は窓の外に広がる景色を見上げながら呟いた――


「――で、お前の用件は何?」


 庸平は智恵子の訪問理由をようやく尋ねることができた。

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