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第42話 自分だけの城

 雑木林の中にひっそりと立つ古民家。茅葺屋根を瓦に葺き替えた趣のある大屋根の平屋建て。ここが庸平の父の実家である。


 敷地内にある小さな蔵は、大谷石の表面が風化してぼろぼろに剝がれかけている。そこに隣接するように農作業用の簡易小屋と、プレハブ製の小屋が建っている。

 

 プレハブ小屋は庸平が父と共に引っ越してくる際に、本人のたっての希望で建ててもらった、いわば『自分だけの城』である。六畳一間のシンプルな箱型空間は、農作業小屋に直結しており、雨の日でも濡れずに移動できるようになっている。


 惜しむらくはトイレが離れていること。サンダルを履いてわずか15歩の距離のところに汲み取り式のトイレがある。そのわずかな距離が日々の暮らしの中では煩わしい。     


 しかし、この数か月前から、彼はここで寝泊まりをするようになっている。赤鬼や白虎が居座ることになったからである。


「よう若造、遅かったではないか!」


 プレハブ小屋のドアを開けるなり、甲高い声で赤鬼が声をかけてくる。


「まったく、誰のせいだと思っているんだ? 警察で根掘り葉掘り訊かれて大変だったんだぞ! おまけに正直に答えても信じてもらえないし……」

「それは散々だったな若造よ。まあ、ワシには良くわからないことだがご苦労であったな」


 下駄箱代わりに置いている棚にちょこんと腰を掛けて、腕組みをしながら他人事のように答える赤鬼。近頃はすっかり彼も庸平との日常会話を楽しむようになってきていた。


「とこで赤鬼よ。お前は自らそのサイズになれるんだったら、佳乃の黒魔術で召喚される前になっていてくれたら、学校の被害も少なくて済んだのだけど?」


「いやいや、それは無理な話だぞ。ワシらがこのサイズになるには妖力を激しく消耗するのだ。現世に引き戻された瞬間にそれができるわけがなかろう」


「ふーん。だから小さいサイズに変化(へんげ)したお前らは妖力も弱くなってしまうのか。じゃあ今回初めてミニサイズになった2匹の龍たちは、相当疲れているわけだな。それであんなにぐっすり寝ているわけか……」


 部屋の隅に折りたたんだ布団の上に白猫姿の白虎に加え2匹の猫が寝ている。


「いや、あの者たちは先ほどまで3匹で駆けずり回って遊んでおったぞ? 若造がいないうちに家中がしっちゃかめっちゃかになっておった」

「えっ、そうなの? いつもと変わらない感じに……散らかっているけど……」

「ワシがこいつらに注意をして片付けさせたのだ!」

「そ、それは有り難いことで……じゃあ、結局3匹は遊び疲れて寝ちゃったということか……」


 2匹の龍は白虎とお揃いで猫に変化(へんげ)してしていた。

 黒龍は黒猫、黄龍は茶猫で、共にお腹と足の先が白いところなどはまるで色違いの双子コーデのようである。

 

 庸平は3匹の猫を1匹ずつそっと座布団に移し、布団を敷き直す。


「今日は疲れた。もう寝るぞ」

「そうか。ではワシは夜の散歩に繰り出してくるかのう……」


 そう言って、赤鬼は窓を開けて外へ出て行く。白虎達のように動物に変化することなくミニチュアサイズとはいえ赤鬼の姿のままである彼にとって、夜の睡眠は必要がないらしい。夜更かしが好きな庸平は赤鬼がちょっとだけ羨ましかった。 



 *****



 朝日が昇る頃、庸平は寝苦しさを感じてふと目を覚ます。すると、茶猫に化けた黄龍の大きな口が目前に見えて跳ね起きた。


 黄龍は『キュルル……』と鳴いて、庸平をチラ見しながら丸くなって寝ている白猫と黒猫の元に戻る。


「油断ならないな……まったく! 黄龍、お前は俺の式神になってくれたんじゃなかったのか?」


 黄龍はまた『キュルル……』と鳴いて、怒る庸平に構うことなく目をつぶる。白・黒・茶の三色のニャンモナイトを一瞥し、庸平は布団を畳む。


 大きく背伸びをした庸平は、プレハブ小屋を出て母屋の玄関のドアを開ける。すると祖父の長靴はもうそこにはなかった。


「ジイちゃん、朝が早いからなぁ……もう畑へ出かけたのか」


 昨夜、父から話を聞いた庸平は、すぐにでも陰陽道の話を祖父から直接聞いてみたかったのだが、諦めて台所へ入る。

 男所帯の豊田家は、朝の食事当番が輪番制となっている。ナベに火を入れ、味噌汁の具を投入。煮立つまでの間にナスとキュウリの漬け物を切る。冷蔵庫から昨夜にほとんど手を付けられなかった煮物を出し、温め直す。煮立ったナベに味噌を投入し味を調整して味噌汁を仕上げると、炊飯器のタイマーが炊きあがりを知らせた。

 

「おはよう、昨夜はよく眠れたか?」


 洗面所で顔を洗っていた父が、タオルで顔を拭きながら声をかけてきた。


「いや、朝方は茶色い猫に危うく喰いつかれるところだったよ……」

「昨夜お前が話していた黄色い龍の魔物か? 大丈夫なのか一緒に寝たりして……ジイさんに相談してみるか? おや、肝心のジイさんは……また畑か。年寄りは朝が早いからなぁ」


 そう言って大きくあくびをしながらちゃぶ台に座る父。八畳間のシンプルな和室にはテレビ台やタンス類、そして仏壇が2つ並んでいる。1つは庸平の祖母のもの。一回り小さい方は庸平の母のものである。

 庸平が朝食をちゃぶ台まで運び、親子2人だけの食事をいただく。


「猫達のことは後でジイちゃんに話してみるよ。何しろ今日からしばらくは自宅学習なんだから時間はたっぷりあるし……」


 庸平は味噌汁を飲みながらそう答えた。


 今日は木曜日。通常ならば学校に登校するはずが、校舎が破壊されて使用できなくなった彼らには、当面の間は自宅学習が命じられている。


 とくに急ぐ必要のない庸平とは違い、父には会社がある。庸平がまだのんびり食べている間にも、隣の部屋で身支度を整えているとき、呼び鈴が鳴る。


 玄関のそばにいる父が「はいはい」と言いながら応対している。


 そして、父は庸平の元へニヤニヤしながら戻ってきた。


「おい、庸平にお客さんだ。 可愛らしい女の子だぞ。お前も隅に置けないな」

「えっ!? う、うそだろ?」


 慌てた庸平は食後の日本茶を吹き出した。 


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