第40話 田舎の建設会社
2トントラックの運転席には、筋肉質でいかにも力仕事が得意そうな風体の男が座っている。『吉岡建設』のロゴがペイントされたトラックの助手席にはその息子が仏頂面して乗っている。
吉岡の父は、今でこそ地元の優良企業で名が通っている土木建築会社の社長であるが、若い頃には手のつけられない暴れん坊であった。今でもその片鱗を見せる父に、吉岡は一度も逆らったことはない。
「どのみち半年後には廃校が決まっていた学校だが、一体何をどうすればあんな状態になるというのだ? お前らの話は常軌を逸していてさっぱり分からん。2匹の恐竜? 赤鬼青鬼? 集団催眠にでもかかったか?」
父はタバコを吹かしながら、呆れたように言った。
「恐竜じゃなくて龍…… 黒い龍と黄色い龍だ。あと、赤鬼はいたけれど青鬼はまだ登場していない」
吉岡は無駄とは思いながらも父の情報の間違えを訂正した。
「そんな戯言はどうでもいい! いずれにしてもあの校舎はもう立ち入り禁止だ。修復も不可能だろう」
「そうか。やっぱりあの校舎ともお別れか……」
自分でもそう診断していたものの、本職である父のその言葉を聞いていよいよ決定的となる。
これまで最上級生として好き勝手にやって来た吉岡は一抹の寂しさを感じていた。
「ともかく、お前は東京の高校へ進んで大学まで行ってもらう。こんな田舎で一生を終える人生は歩むな。そのためにも早いところ転出の手続きをとらねばなるまい。面倒を増やしやがって……」
「転出? 俺は引っ越すのか?」
「バカ、書類上の手続きをするだけだ。そうでもしなければ校舎が使えない現状ではお前らは当分自宅待機だろう。そんなことになると高校進学に差し障りが出てくるからな」
「そうか……転校するのか俺……」
吉岡は寂しそうに呟いた。
父はトラックの窓を開け、タバコの吸い殻をポイ捨てする。
そしてため息を吐いて、話を続ける。
「しかしあの豊田が関わっているとなると厄介だな。あの家の者には近づくなと言ったはずだがな?」
「いや、関わるつもりはなかったんだけど、たまたま修学旅行で同じ班になっちまって……」
吉岡は言葉を濁した。自身の鬱憤を晴らすために庸平へのイジメを主導していたことは口が裂けても言えない。なにより、父の言いつけを守らずに庸平を虐めること。それ自体に彼は喜びを感じていたのだ。
「あれ…… 修学旅行?」
「ん!? 勇気、どうした?」
「俺は何か大切なことを…… いや、何でもない……」
吉岡は自らの頭をこつんと叩き、首を振った。
修学旅行中の数々の記憶の中で、木陰に座った豊田庸平に何かを理由に頭を下げて謝っている自分の姿のイメージがあることに気付いた。しかし、それを詳しく思い出そうとした瞬間に、彼の記憶は霧散していくのであった。
「転校かぁ……」
吉岡はトラックの車窓に流れる真っ暗な山村風景をぼんやりと眺めながら、寂しそうに呟いた。




