第39話 黒魔術の理由
地元警察署での取り調べが終わり、坂本佳乃はクルマの後部座席に座り、顔を伏せていた。運転席には父、そして助手席には母がいる。
母は長い時間泣き崩れて目を赤く腫らしていた。
「あなたごめんなさい。私が母親としの勤めをきちんと果たしていなかったから……」
「そんなことはない。大丈夫だから……」
ハンドルを握る父はまっすぐ前を見ながら言うが、語気に力はない。
村では数少ない赤信号でクルマを停車する。
エンジンのアイドリング音と、母のすすり泣く声が車内の空気をどんよりと沈ませる。
「佳乃、もうあの豊田という男とは付き合うな」
「えっ……」
数日ぶりに父からかけられた言葉であった。
「なにそれ。私が誰と付き合おうが――」
「駄目なんだ! お前は、そして私たちもこの村では新参者だから知らなかったことだが、あの豊田家は昔から因縁のある家らしい。もう関わってはならない!」
「なにそれ……」
佳乃はひざの上に乗せていた通学用カバンをギュッと握り、悔しそうにくちびるを噛みしめる。
『トトト……』というアイドリング音が佳乃には耳障りに聞こえる。
うつむいたまま、佳乃は声を絞り出す。
「新参者だからって……お父さんの都合でこんな田舎に引っ越してきたんでしょう? 私の都合じゃないんだから……」
「それはもう話し合ったことだろう? おまえも納得してくれたじゃないか!」
「お父さんが強引に納得させたんでしょう!? 私は本当は……」
「佳乃――ッ!」
父は後部座席に座る佳乃に一喝した。
怒りにまかせて殴りかからんばかりの父を、母は必死で押さえようとする。
「ごめんなさい、あなた! 全ては私のせいなんです。佳乃ちゃんを叱らないであげてください!」
「しかし、おまえ……」
「全ては私が喘息をこじらせてしまったから……それがあなたと佳乃ちゃんの生活を一変させてしまった。私がわがままをいって家族で暮らしたいと言わなければ…… ごめんないさい佳乃ちゃん……」
佳乃の母は父にすがり付くように涙を流しながら言った。
佳乃は通学用カバンをの握る手をようやく緩めて、しかし表情は固くしたまま、窓の外を見つめながら言う。
「お母さんには感謝しています。たとえ血がつながっていない継母だとしても、私にそうやって気を配ってくださるから……」
「佳乃――ッ!」
父が佳乃に手をかけようとしたその時、いつの間にか後ろにいた他車のクラクションが鳴った。いったい何度の青信号を見過ごしていたのだろうか。我に返った父はクルマをゆっくりと発進させる。
父はすぐにでもクルマを路肩に寄せ後部座席で意固地になって座る娘に一喝してやりたい気分なのだろうが、田舎の一本道にそれだけの道幅はない。
佳乃は運転で手が離せない父の後頭部へ向かって話しかける。
「今回の騒動は全て私が引き起こしたの! 私の黒魔術で魔物たちを呼び出したのよ。それを庸平は……豊田君は私を庇って魔物を倒してくれたのよ!」
「黒魔術? 魔物? 佳乃、おまえはもう来年は高校生だろう? 引っ越し前のおまえの部屋にあった占いやら悪魔崇拝の変な物は全て処分したはずだろう? それをまだ続けていたのか?」
「家ではやっていないよ黒魔術は。一度は私も諦めたから。でも、今は違う理由で続けているの! 学校の屋上を使って……」
「ねえ佳乃ちゃん、どうして黒魔術なの? お母さん、あまり詳しくはないけれど、黒魔術って呪いをかけたりするものでしょう?」
「本当の母に会うためよ」
「佳乃――ッ!」
「あなた、ちゃんと聞いてあげて!」
ハンドルを握る父が一喝するも、それを珍しく声を荒げて母が遮った。
佳乃は母の質問に答える。
「私が小学生のときに母が亡くなって…… どうしてもお母さんにもう一度会って伝えなくちゃいけないことがあって…… それでお母さんを呼び出そうとしたのが黒魔術を始めたきっかけだった。でもどうしてもうまくいかなくて……」
「当たり前だ! 死んだ人間はもう生き返ることはない! お前はそんなことも理解していないのか!」
「分かっているよっ!」
父の怒号に負けないぐらいに佳乃は声を上げた。
「分かっている……死んだ人に会うことは無理だって私だって分かっているよ。でも、豊田君と出会って、私の黒魔術に魔物を引き寄せる力があることが分かった。彼は私に生きる希望を与えてくれた恩人なの! 学校でのイジメから救ってくれたのも彼なのよ!? お父さんでもお母さんでもない、あの人なの!」
「佳乃ちゃん、虐められているの!? なぜお母さん達に言ってくれなかったの?」
「言っても無駄でしょう? あなた達は新参者は出過ぎず静かに暮らさなくちゃいけない、事なかれ主義の権化みたいな存在。でも豊田君は違った! だから私はこれからも彼に付いていくことに決めたの。お父さん達には迷惑をかけないから!」
それからは、父と母がいくら声をかけても佳乃は無言を貫いた。
家族を乗せたクルマは『ようこそ田舎暮らし再発見の村へ』と書かれた立て看板がある交差点で曲がり、村の中に唯一存在する新興住宅地に入っていった。




