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第4話 『親友』と『絆』

「あいつは……赤鬼だ……」


 皆に最弱と呼ばれる豊田庸平(ようへい)は屋上から校庭を見下ろしていた。

 赤鬼と生徒の会話は屋上までは届かないが、なにやら会話をしている様子は彼にも伝わっていた。そして生徒たちが周囲をきょろきょろと見回し始めた時点で、彼は身を隠していた。

 むろん、それがオニ役としての自分を探す行為であることは知る由もない。本能的な勘が働いたに過ぎなかった。しかし、そのことが豊田庸平と坂本佳乃の運命を大きく変えていくのである――


「あれは空想上の生き物じゃなかったのか?」


 巨体な黒い生き物の風貌は豊田家の蔵で見つけた本に記されていた赤鬼の特徴の通りだった。 

 庸平が本と呼ぶ古文書には、豊田家の先祖が封印した魔物や妖怪の類が事細かに記されていたのだが、それらの殆どはおとぎ話と同様に絵空事なのだと彼は考えていた。科学が発展した現在にそのような不可思議な生物や現象を信じるほど庸平は幼くはなく、俗に言う中二病を患っている訳ではなかった。


 しかし――


「ちくしょう……」


 庸平は唇を噛みしめる。陰陽道を研究しているつもりだった自分が如何に浅はかであったか。祖父の家に引っ越し、豊田家は陰陽師の末裔である事実を知らされ、古文書を見つけて読み(ふけ)っていた自分。その信憑性を自分自身が最も疑っていたことに気づき、怒りがこみ上げてきて、過去の自分を呪った。


 校庭では自分以外の全校生徒が集められ、巨大な魔物に襲われようとしている。きっと皆、殺されることだろう。彼は未来を予想した。


「よし、逃げよう!」


 庸平は立ち上がり、拳を握る。


「大丈夫、俺がここにいることは誰も気づいていない。今なら誰にも気づかれずに逃げることができるはず!」


 そして家に帰って、もう一度蔵にあった本を読み返そう。いつの日か、同じような状況に陥ったときに、今度こそはきちんと立ち向かうことができるように……。彼はそう思った。

 ふと、クラスメートの幾人かの顔が思い浮かぶ。

 掃除当番を肩代わりさせられたり、下駄箱のクツが水浸しにされたり、机の中にいやがらせの紙が入れられたり、数々の嫌な思い出がよみがえる。

 彼は自分の顔を触り、自分が笑っていることに気づいた。


「俺は……嫌な奴だ……」 

 


 *****



 その頃校庭では、集まった生徒の中に豊田庸平がいないことがいよいよ決定的となっていた。


「やつは逃げたんだ!」

「一人で逃げやがったんだ!」

「私たちを見捨てて逃げちゃったの?」

「何てひどい人なの!」


 生徒の口々からそんな罵声が発せられていた。

 皆、生きるために必死なのである。


 やがて――


「最弱がいないとなると、いったい誰をオニ役にすればいいんだ?」


 この発言を境に、雰囲気が変わっていく。


「お前、逃げ足が速いからやれよ。きっと逃げ切れるって……」

「お前こそ、いつも脚力を自慢しているじゃないか……」

「私…… 足が遅いから絶対無理だから……」


 互いになすりつけ合いに変わっていった。

 少し離れて見ていた坂本佳乃(よしの)はため息を吐く。


「なぜあの怪物を倒そうという話にならないの?」

 

 佳乃は嘆く。

 みんな自分の身が大事……それは彼女自身も同じだ。

 それでも、仲間とともに戦おうという声が一つも上がらないとは……

 皆の前で体育教師が一瞬で倒された。

 その圧倒的な暴力を目の当たりにしたことによって生徒達の思考は、赤鬼に対しての服従へと大きく傾いていたのである。


 赤鬼に逆らっては殺される。

 その恐怖からはもはや誰も逃げられない。


「最弱の豊田がいないのなら、その前に最弱だった奴をオニ役に出そうぜ!」


 誰からともなく発せられたその言葉。

 それを聞き、佳乃の全身が硬直した。

 豊田庸平が2年生のときに転校してくる前、最弱と呼ばれいじめの標的になっていたのは……


「それは坂本佳乃さんです! ここにいます!」


 佳乃は……


 目を見開き……


 驚愕した。


 自分を指さして叫ぶその声の主は……


 自分の肩につかまり、共に避難してきた『親友』の長谷川智恵子であったのだから。



 *****



 坂本佳乃が赤鬼の所へ連行されていく。


「いやだ! いやよ! やめてえぇぇぇ――!」


 男子2人に両腕を引っ張られ、佳乃は腰を落として抵抗する。

 しかし男子二人がかりの力には到底敵わない。

 佳乃の体はずるずると引きずられていく。 

 周囲の生徒たちは、それを取り囲むように見守っている。

 万一、佳乃が腕を振り切って逃げようとしても、すぐに捕らえられるような絶妙の距離間隔である。


 ようやく見つけた生き残るための答えを、今度こそは流さないように――


 集団は『絆』で結束していた。

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