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第35話 覇気のない教室に


 修学旅行後の3年生の教室は何となく覇気がない。旅の疲れもさることながら、当面の目標を失った生徒たちはだらけ気味である。


 4時間目の国語の授業がもうすぐ終わるころ、校庭側の窓ガラスに何かがドンと激突する音がした。カラスやハトがぶつかってきたのかと思われたが、生徒たちの視線は窓ガラスにへばり付く白猫の姿を捉えていた。


「びゃ、白虎さん!?」


 佳乃がいち早く駆け寄り、窓を開けて白虎を教室内へ迎え入れる。

 白猫姿の白虎は机の上にぴょんと飛び乗り、毛繕いをしながら、


「まったくカラス天狗の奴はハイヤーの役目もまともにできぬのか! ちゃんと開いている窓に放り込んでくれと命令したのに……」


 と、ぷんぷん怒っている。


「お前、俺の部屋で大人しく待っているんじゃなかったのか? それにカラス天狗って……そんなのがこの辺りにいたのか?」

「ん? この辺りには沢山いるぞ。どういう訳か知らんが2年ほど前からこの辺りはカラス天狗だらけだ。人間の小僧には見えないだけだろう……おお、そんなことより、そこの女! 今すぐ上に行くぞ!」

「えっ!? 私に用なの?」


 佳乃は少し嬉しそうな表情で言った。


「どうでもいいが、今はまだ授業中だぞ! 先生がお怒りだ!」


 吉岡の忠告にハッとした生徒達の視線が先生に集まる。


 40代女性、面倒見の良いことで評判の国語担当井上先生は眉間にしわを寄せ今にも怒り出しそうな表情だ。しかしタイミング良く授業終了のチャイムが鳴り、彼女は全てを諦めたように授業終了の宣言をして教室を出て行く。


 この学校の先生達も幸か不幸か、魔物関連の騒動には相当の免疫力が付いてきているのである。




 昼休みの屋上――


 佳乃が白色チョークで屋上の床面に魔法陣を描いている。

 それを見守る庸平と白虎、そして長谷川智恵子と、なぜか吉岡の姿も……

 

「お前の仲間の気配がした? この辺りで? おかしいな……お前の仲間は京都の白加美神社に置かれた壺の中のはずだけれど……」

「まあ聞け小僧よ。これはつい先ほどのことだ。小僧の部屋にある秘蔵コレクションとやらをいつものように物色しているときにだ――」

「おいっ、怪しげな言い方をするんじゃない! ちがう、違うからな、お前らの想像しているような物ではないから!」


 チョークを持つ手が止まる佳乃と、ジト目で見てくる智恵子に弁解する庸平。


「ん? よく分からんが、その秘蔵コレクションとやらの話は関係はないのだ!」 

「だーかーらー、陰陽道に関する古文書と言えよ! 女子の誤解がヒドいことになっているから!」

「ん? 古文書? ワシはヒトの書いた文字は読めんぞ?」

「えっ、じゃ、じゃあ何を……えっ……?」

「ええい、話を進めさせろ! それで、その秘蔵コレクションとやらを見ているときに、この近辺で(われ)の仲間を含む多くの魔物の気配がしたのだよ。あれは一カ所に封印されていた魔物が一斉に解放された感じであった……」

「お前の仲間は京都なんだぞ? それを何者かがこの近辺に運んできて、解放したというのか?」

「そういうことになるな……しーかーも、赤鬼の気配もあったぞ!」

「マジ!? 赤鬼の気配を感じたの? 赤鬼にまた会えるのか?」


 まるで白虎の興奮が伝染したかのように、白虎を両手で抱えて喜ぶ庸平。

 それを待っていたかのようなタイミングで――


「準備オッケーよ! さあ、始めましょう!」


 佳乃の魔法陣が完成した。


 

 庸平、智恵子、吉岡が魔法陣を囲むように手をつなぎ、目を瞑り精神を集中する。

 白虎は少し離れた所に座り、様子を見守っている。

 佳乃は魔法陣を挟んで3人の対角線上に立ち、詠唱を始める。


 ふと、白虎は空を見上げる。

 先ほどまでは雲一つない青空だったはずが、怪しい雲が空を覆っていた。

 やがて雷鳴が轟く。

 木々のすき間から鳥たちが一斉に飛び立つ。


「な、な、なんかヤバくないか?最弱……」

「そ、そ、そうだな。ヤバい感じがしてきたな……」

「ね、ねえ、ウチ怖くなってきたよ。もうやめましょう、佳乃……」


 仲良しではない3人組が不安を漏らし始める。

 それを聞いた佳乃は――


「――なんかごめん。もう手遅れ……かな?」


 苦笑いを浮かべていた。


「来るぞ――――!」


 空を見上げていた白虎が叫ぶ。

 4人が見上げた時にはすでに巨大な黒い塊が――


 もの凄い衝撃音と振動が彼らを巻き込み、辺りが暗転する。


 校舎の窓ガラスは一瞬にして吹き飛び、壁には亀裂が入る。1階の柱は斜めにずれて校舎全体が沈みかける。


 校舎の中からは生徒たちの悲鳴が聞こえてくる。


「くそっ! これは赤鬼襲来事件以上の大惨事だ!」


 吉岡は口に入った土埃を吐き捨てながら言った。

 

 やがて土埃が晴れてくると、赤鬼が彼らを見下ろしている。彼は元の巨体の姿で四つん這いになっていた。4人を守るような体勢で。


「さあ人間ども、ゲームをしようではないか!」

「いや、今はそういうユーモアはいらないから! よく帰ってきたな赤鬼!」


 庸平は赤鬼の太くて大きな指先に手をかけてニコリと笑った。


『屋上に落下物があり。全校生徒は速やかに校庭へ避難しなさい。繰り返す……』


 校内放送で避難指示が出る。前回の赤鬼襲来から二度目の出来事に、先生達の避難誘導指示も的確になっている。


「さて、問題はこいつらをどうするかだが……」


 庸平たちの目の前には2体の魔物の姿。


 それはヘビのように細長い胴体に短い手と足。

 全身は鱗に覆われ、長い首の上にはワニのような顔。

 長いひげと頭にはキリンの様な角。

 は虫類の様な縦長の瞳孔がギロリと庸平たちを睨んでいる。

 これはどう見ても伝説に出てくる龍。

 2匹の龍は、角の形状などの違いはあるが、最も特徴的なのは体の色。


 一方は全身が真っ黒。黒光りする赤鬼とは違い、こちらは完全なる黒。

 もう一方は黄色。光の当たり具合によっては黄金色に見える。


 体長20メートル級の黒龍と黄龍の2匹が、中学校の屋上に出現していた。

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