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第32話 真実

 修学旅行2日目は、中型観光バスで奈良方面に見学となる。バスの中では、白猫姿の白虎はずっと佳乃の膝の上に乗っている。本来は異様な光景なのではあるが、学級担任と生徒達は全く気にする素振りをみせない。それを見て、運転手は首をひねりつつも安全運転に徹していた。

 

「佳乃ちゃんと白猫って、そんなに仲が良かったっけ?」


 隣に座る長谷川智恵子が不思議そうに言う。昨夜、白虎は佳乃の身体に憑依して年下の少年、桜木翔太と戦った。学校裏の山林での一件と合わせて二度の憑依によって、互いの気心をわかり合えたというところだろうか。

 しかし智恵子にはそういう経緯は話していないため、彼女にとっては不思議でならないのだろう。


「えへへ、まるで本物の猫ちゃんみたいでしょう。智恵子も撫でていいのよ?」

「ウチは遠慮しておくわ……」

「どうして? もしかして智恵子って猫アレルギー?」

「えっ、違うけど……そもそも、それ……猫じゃないじゃん!」

「そうだぞ佳乃。そいつは猫の皮をかぶった魔物だ。だから絶対に気を許すな。いつお前に牙を剥いてくるか分からないからな!」


 佳乃の後ろの席に座る庸平は、白虎と佳乃が急接近している様子が気にくわない。


「白虎さんはもう私達の仲間でしょう? 庸平だってこの間『吉岡を仲間にするぐらいなら俺は魔物を選ぶ』とか言っていたじゃん! ほら、修学旅行の班決めの後にぶつぶつと……」

「おい最弱、学校へ帰ったら覚えていろよ!」


 庸平の隣に座っている吉岡が睨んだ。修学旅行中は庸平の身の安全は保証されているらしい。修学旅行中は班行動というルールは守りたいようだ。


「ち、ちがうから! それは言葉の綾だから! 俺だってさすがに吉岡と魔物のどちらを信用するかといわれると、人間の吉岡を……選ぶに決まっているぞ?」


 『僅差で』と言いそうになって言葉を飲み込む。


 庸平が気がかりなことはもう一つ。白虎が酷く落ち込んでいる。桜木翔太に退治されたという赤鬼。あの騒動の後、館内をつぶさに捜索したものの、終ぞその姿を見つけることができなかったのだ。


(白虎はわざわざ京都まで仲間を探しに来るぐらい仲間を大切に想う魔物なのだろう。それなのに新しく仲間になったばかりの赤鬼を失ったことで相当のショックを感じているんだろう……)


 庸平は佳乃のひざの上で小さくなっている白虎をのぞき見ながら思う。


「おい坂本。最弱が上からお前の体をいやらしい目でのぞいているぞ!」


 吉岡が突然そんなことを言い出す。

 佳乃は慌てて胸元を押さえ、キッと庸平を睨み上げる。


「あっ、ちがう、見てないから! そもそもこの角度からではお前の胸の谷間とか見えねーから!」

「ぐっ……悪かったわね! どうせ私には胸の谷間とかありませんから!」

「えっ? なっ、なに言ってんの? ちょっ、ちょっとま……」


 怒り心頭の佳乃によるビンタの音が中型観光バスの車内に鳴り響く。

 その瞬間、バスがふらっと横に振られた。

 運転手がルームミラー越しに目をぱちくりしている。

 車内の視線が集まり、庸平は何も言えずに座り込む。

 頬に手を当てて痛がる庸平。

 隣の吉岡はニタァと笑って見ていた。


「アンタ達、本当に仲が良いわね。妬けるわ!」


 智恵子が声をかけると、佳乃も顔を赤く染めて静かに座った。



 *****


 12時10分、バスは奈良公園駐車場に到着。昼食用のおにぎりと紙パック入りのお茶を渡され、2時間半の班別自由行動となった。7月の奈良公園は、汗がだらだらと噴き出るほどの蒸し暑さである。


「あー暑い! 涼しいところを探してまずは昼食だな」


 吉岡はそう提案するが、佳乃と智恵子はひそひそと内緒話をしている。


「あのう、うちら甘味処でお昼を食べたいのだけど……2人も一緒にどう?」


 智恵子が遠慮がちに言った。

 佳乃はうんうんと頷いている。


「じゃあ、配給されたおにぎり弁当はどうすんだよ?」

「あっ、そっか……勿体ないからウチの分も食べてちゃってよ、はいどうぞ!」


 智恵子は吉岡におにぎり弁当を押しつける。


「じゃあ、私の分は庸平に……って、もう痛くはないでしょ? いつまでもうじうじしていないでよ! 皆がいるところでエッチなことをした庸平が悪いんでしょう!?」

「だーかーらー、それは誤解だって……」


(あれ? 皆の前でなければ良いってこと? 二人っきりの時はオッケーなの?)


 庸平は頭の中でいろいろなことを想像してしまい、赤面する。


「最弱お前……熱中症にかかったんじゃねーのか? すぐ涼しいところへ行こうぜ」


 吉岡が珍しく気を遣った。


 女子2人と分かれて少し歩くと、小川が流れる日陰があった。庸平と吉岡はそこへ腰をかけて休憩することにした。奈良公園の鹿たちも暑さには弱いらしく、数頭の群れが日陰で横になったり、小川に足を浸けて涼んでいる。


「最弱、赤鬼はどうした?」


 吉岡はおにぎりをパクつきながら言った。


「赤鬼は……帰った……」


 庸平はあまり多くを語るつもりがない。赤鬼が桜木翔太に消されたことをこの場で言ったところでどうしようもないというのが彼の考えである。


「そうか、帰っちまったか。赤鬼は俺のことを何か言っていなかったか?」

「……話題に出たこともないけど」

「そうか……」


 吉岡は3個目のおにぎりを大口を開けて放り込み、紙パック入りのお茶で流し込む。

 庸平はその様子を見ながらしばらく無言を貫いていたのだが――


「何だよ、何か訊きたいことがあるんだろ? いつもの様にずけずけと訊いてくればいいじゃないか!」

「赤鬼は……あいつは……俺の分身かも知れない……」


 吉岡は紙パックを握り潰し、(こうべ)を垂れる。


 赤鬼騒動の際、吉岡は『俺の悪しき心が呼び寄せたのかも知れない』と言っていた。しかしその言葉を赤鬼自身が否定していた。そのことは庸平もはっきりと覚えている。


「なぜ……そう思うんだ?」

「俺は気に入らない相手は力でねじ伏せる、そんな男だ」

「それは知っている」

「うじうじしている奴がいたら苛めたくなる、そんな男だ」

「それも知っている」

「それは俺の性格だから仕方がないんだぜ?」

「……随分、開き直ったな」

「しかし、しかしだ――」


 吉岡は腰を上げ、庸平の正面に立つ。


 そして、大きく息を吸い、胸に手を当てて――


「俺は集団で寄って(たか)って1人をいじめるやり方は嫌いなんだ!」

  

 そう言い放った――

 

「はぁぁぁ――――ッ!? 吉岡お前こそ熱中症にやられたかぁ――?」


 庸平の声は小川で休んでいた鹿達を一斉に振り向かせた。

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