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第30話 一度限りの契約

「赤鬼を退治したとは、どういう意味だ」

「そのままの意味だよ。結界に閉じ込めて30分は経過している。今頃はきれいさっぱり消滅しているんじゃないかな?」

「こいつ……」


 庸平は唇を噛みしめる。稲荷大社の境内で佳乃の黒魔術によって召喚されようとしていた魔物を一瞬で斬り捨ててみせた桜木翔太の一撃。その光景が頭をよぎる。


「さあ、白い魔物を出せ! あんたらは魔物に憑かれているんだろ、すぐに解放してやるから安心しろ」

「ふざけるな、赤鬼は俺の仲間だったんだぞ! それをお前は――」

「あんたこそ何を言い出すかと思えば、魔物が仲間だぁ? 魔物や悪霊は見つけたらすぐ退治、これ常識! さあ、早く白い魔物の居場所を言え。この神器の扇で退治してやるから!」


 桜木翔太は右手に持つ扇子を左の手の平の上でパシパシ叩いている。自分よりも2つ年下で見た目は小学生のような少年の、その態度にイライラを募らせた庸平は――


「お前ふざけるのも大概にしろ! そんな扇子で白虎が倒せる訳あるか――!!」


 庸平が指さして叫ぶ翔太の扇子は、黒い漆塗りに金泊の花柄模様があしらわれた高級そうな一品である。そして稲荷大社で見た炎の刀の正体がそれだということも知っている。しかし、彼にはそれが白虎を倒す力を有しているとは到底思えないのである。


「さてはお前、陰陽師というのは嘘だな? この神々しいばかりの神器の扇の正体を見抜けないなんてな。やはりお前は中二病……。ならば、あの白い獣を操っている奴はやはり、そっちの女か!」

「……へっ? 私!?」


 いきなり扇子の先を向けられ、佳乃は後ろよろけて、スリッパをずるっと滑らせた。


「そういうことならば、あんたにこの神器の扇の力を見せてやろう……」


 制服姿の少年は扇子を胸の位置に構える。そして天を仰ぎ瞑想に入る。


「我は桜木翔太なり 下賀美神社(・・・・・)に奉る土地神の半身なり いまここに土地神の力を体現し 我に力を与えたまえ――」


 扇子を真っ直ぐ頭上に掲げ、勢いよく開く。すると、扇面から神々しいばかりの光が発せられ、同時に金粉のようなキラキラが翔太の身体に降り注がれる。


「へ・ん・し・ん!」


 扇をくいっと回転させると、つむじ風が翔太の身体の周りに起こり、辺り一面が金色の光に包まれていく――


 庸平と佳乃は眩しさのあまり目をつぶり、それでも眩しく手で顔を覆う。

 やがて光が収まり、2人がゆっくりと目を開けると……


 黒装束姿の少年が立っていた。


「すごい、すごーい! 本当に変身しちゃったぁぁぁ!」


 中二病を絶賛患い中の佳乃は、初めて見た本物の変身シーンに興奮気味だ。

 しかし、庸平は冷めていた。


「それ、伏見稲荷大社の境内で着ていたやつだろ。あの時はすでに変身した後だったんだな。……お前、変身後にしてはちょっと地味じゃないか?」


「――っく! 貴様には用がない、ニセ陰陽師め――!」


 少年が神器の扇を閉じたまま『ビュッ!』と庸平に向けて振り下ろす。

 扇の先端からカマイタチのような衝撃波が飛び出す。


「破――ッ!」


 咄嗟に庸平は霊符を投げ応戦するが――


「結界障壁――――!」


 少年は扇子を開き、扇面で正方形の形を作るように動かす。

 庸平は床に膝を着けた姿勢のまま立方体の見えない壁に封じ込まれてしまった。  


「くそっ、最初の攻撃はフェィクだったのか! ん? 何だこれは!? 俺は閉じ込められているのか?」


 庸平は壁を叩くも、びくともしない。まるで見えない肉厚のアクリル板で覆われているようだ。陰陽師としての庸平が使う結界とはまったく異質なもののようである。


 結界の中で曇った声を上げる庸平をほくそ笑みながら見下ろし、翔太は本命の相手、佳乃に視線を移す。不思議な力をもつ神器の扇を右手に構え、いつでも攻撃を繰り出せるという余裕を見せつけている。

 

「邪魔者は封じた。さあ女、白い獣を呼び出してもらおうか……お前が隠しているんだろう?」

「ちょっ、ちょっと待って! 白い獣って、白猫のことよね?」

「まだ(とぼ)けるか!」

「ち、違うの、そうじゃなくてあの白猫は白虎という名の聖獣よ。四神の1つ、西方を守護するとされる十二天将の一人であり……」

「やはり詳しいな……さすがは魔物使いだな。名を名乗れ!」

「えっ? 私、もう伏見稲荷大社で自己紹介したはずだけど……」

「俺は桜木翔太、中学1年生。土地神の力を授かり、悪霊退治を生業にする者だ。さあ、あんたも名乗れ!」


「わ、わたしは……」


 翔太の二度目の名乗りは、佳乃の中二病心の琴線に触れていた。


「私は坂本佳乃、中学3年生。黒魔術師にて数々の魔物たちを呼び寄せてきた者よ!」


 ビシッとボーズを決める佳乃。

 結界の内側で頭を抱える庸平。


「何言ってんだ佳乃! そいつはマジでヤバい奴だ。中二病やっている場合じゃないだろう!」

「えっ、ええっ? ど、どうしよう……」

「逃げろ――!」

「逃がすものか、カマイタチ――!」


 神器の扇の先端から衝撃波を打ち出す。

 逃げる佳乃の背中に向かって衝撃波が迫る。

 結界障壁を殴る庸平の拳から血が吹き出る。


「佳乃――!」


 庸平の叫び声が温泉旅館の地階に響き渡った―― 


 その刹那――


 白い小動物が空気を裂く勢いで佳乃の背に突進し、鋭い爪で衝撃波の角度をずらす。衝撃波は旅館の窓に沿うように直進し、ガラス窓が次々にひび割れ、最後に壁面に鈍い音と共に消えていった。


「白虎……助かったよ……ありが……とう……」


 結界の中で庸平は安堵のため息を吐く。

 佳乃はひび割れた旅館の窓ガラスを目の当たりにし、その場で腰を抜かした。


「これは面妖な。この結界は(われ)の力ではどうにもならないぞ」


 白虎が結界の上に飛び乗り、爪で引っ掻きながら言った。


「お前でも壊せないのか? 何なんだこの見えない壁は」

「我らの力が陰のものとすると、あの少年の力は陽。陰と陽は相容れぬ存在だ」

「魔物の力が陰ということか。ならば陽というのは……」


 庸平は少年に視線を送る。すると、彼はニヤリと笑う。


「だから先ほどから言っているだろう。俺は土地神の半身、悪霊退治を生業とする者、桜木翔太。白い獣! キサマも赤鬼と同じように成敗してやる。カマイタチ!」


 少年の扇から衝撃波が飛ぶ。

 白虎はパッと空中にジャンプして避ける。

 間髪入れず、空中にいる白虎に向けて追撃の第2波。


「なめるな人間の子供ごときが――――!」


 鋭い爪で衝撃波を逸らした白虎は、中庭の植木の幹を足場にして翔太の首に向かって突進する。ヒトの急所の1つの頸椎を噛み切るつもりだ。


 しかし、翔太はのど元の高さで扇を開く。すると青白い放電現象のような光が発せられ、白虎の身体を包み込む。


『――――ッ!』


 白虎の身体には雷が連続して落ちるような衝撃が伝わり、身動きがとれなくなる。

 意識がとぶ寸前に、何とか扇を蹴飛ばし、白虎は佳乃のそばまで後退する。


「白虎……さん……」


 腰を抜かしている姿勢のまま佳乃は心配して声をかける。

 身体中から白いけむりが立ち上り、白虎はふらつきながらも辛うじて立っている。

 結界の内側から見ている庸平と目を合わせ、白虎は語る――


(われ)はあの小僧を喰らってやるためにこの世に残った……しかし、それもどうやらここまでのようだ。願いは叶わなかったが……貴様ら人間との暮らしも悪くはなかったぞ」


「ちょっ…… や、やめてよ。そんな寂しいこと言わないでよ。私、何でもするから! ねえ、もう一度頑張ってみてよ。私は何をすればいい?」

「相手は魔物だぞ! 佳乃、変なこと言い出すな! お前は黙って――」

「庸平こそ黙っていてよ! 私は白虎さんとお話ししているのっ!」

「ワハハハハハ……、人間は面白い。面白いぞー! 小娘に問う。我が半身となり、この世を支配する力を得るか?」

「それは嫌!」


 即答だった。


「ムム……少しばかりふざけ過ぎたようだ。今のは忘れるがいい。では改めて問う。我が依り代となり、我が命を救ってくれるか? これはこの場かぎり、一度だけの契約だ!』


 白虎はふらつく身体で佳乃と目を合わす。

 佳乃は目を閉じ、そしてゆっくりと瞼を上げる。

 白猫姿の白虎の頭に手を乗せ、


「契約成立です!」


 微笑んだ。

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