第27話 宿命のライバル
突然現れたその少年は、庸平の目には小学生のように見えてていたのだが、全身黒ずくめの異様な出で立ちをしていた。神社でお祓いをする際に神主が着ているような衣装であるが、上着も袴も真っ黒である。
髪は短髪で頭頂部が寝癖のように逆立っている。いつも眠そうな目の庸平とは対照的に少年の目はくりっと見開かれていて、厚い眉毛とともに熱血漢の顔立ちをしている。庸平がもっとも苦手とする暑苦しいタイプなのである。
少年と白猫姿の白虎は魔法陣を挟んで対峙する位置関係にいる。庸平からは白虎の後ろ姿が、少年に向かってにじり寄っているように見えている。
(下手をすればあの少年は喰い殺されるぞ。奴が斬った魔物は白虎が探し求めていた仲間ではないようだが、昔の知り合いのようだった。白虎の怒りは計り知れないレベルだろう……)
これは不味いなと庸平は思った。白虎が本性を現したら庸平と赤鬼が力を合わせても止められない。それどころか、白虎が怒りを爆発させたら伏見稲荷大社が壊滅状態に陥ることも覚悟しなければならないほどなのだ。それほどまでに十二天将に数え上げられる魔物は強力な妖力をもっているのである。
庸平は前へ出る。そして――
「俺は陰陽師、豊田庸平だ! その黒装束の少年、お前は何者だ!?」
すると少年は薄ら笑いをし、
「陰陽師だと――!? ぷぷっ、あんたさては中二病だろ? あんたら修学旅行中のようだから3年生だよな。中三なのに中二とは……くっくっくっ」
(こいつ、白虎に喰い殺されればいいのに……)
庸平は怒りを感じた。赤鬼に襲撃されたときのものよりももっと生々しさのある怒りの感情。陰陽師としての自分を馬鹿にされたことに対する屈辱感である。だが、すぐに気分を変えられるのが彼の真骨頂。そもそも少年は彼を中二病と誤解し、陰陽師であること自体を信じていないのだ。
「少年よ、俺は中二病ではなく、本物の中二病はここにいる女だ!」
「ええっ!? いきなり私に話を振るの? あ、私は坂本佳乃よ。山水中3年1組所属、そして……黒魔術師よ!」
びしっと額に指を押し当ててポーズをつける佳乃を、智恵子と吉岡は眉根を寄せてみているが、それとは対照的に少年は鋭い眼光を佳乃に向けていた。
「黒魔術……やはりお前は魔物使いの女だったのか……」
「お、おい少年……俺の話を聞いていたか? こいつこそが中二病でだなぁ――」
「えっ? ああ、そうだったぁー、豊田庸平キサマ巧く俺を騙しやがったなぁー!」
「うるさい! お前が勝手に一人で盛り上がっていただけだろうが。で、少年、お前は一体何者なんだ!?」
庸平は大げさに人差し指を突き出した。
少年は手に持っていた小刀のようなものをさっと振りかざす。
そして手首のスナップをきかせてパッと扇子を広げて見せた。
小刀に見えていた物は黒い漆に金箔で花柄をあしらった美しい扇子だったのだ。
「俺は桜木翔太、土地神の半身であり悪霊を退治する者。中学1年生だ!」
「な、なんと……俺の2こ下の中学生だったのか」
「ん? もっと年上だと思っていたのか?」
ビシッとボーズを決めていた桜木翔太が眉を上げて首をひねった。
小学生に見えていたということは伏せておこうと庸平は思った。
「……ところで豊田庸平、あんた本当に陰陽師なのか? お前にも悪霊とか魔物とかが見えるのか?」
桜木翔太は興奮気味に話しかけてきた。
「ああ、見えるが……お前にも見えるのか?」
「ああ、見えている。この魔法陣もあんたが描いたのか。見事に悪霊をおびき寄せているな。この周囲に続々と集まってきているじゃないか」
「ええっ!? マジか、悪霊がこの周りにいるって?」
とかく人は見えないものに恐怖心を抱くもの。彼の周囲に悪霊がいると聞いて庸平は慌ててしまった。その様子を見た桜木翔太の眉毛が吊り上がっていく。
「あんた俺に嘘を吐いたな! 何が陰陽師だ、何が悪霊が見えるだ……本当は見えていないし陰陽師というのも嘘っぱちなんだろう!」
「い、いや……それは……」
確かに庸平には翔太の言う悪霊の姿は全く見えていない。彼が見えるのは赤鬼や白虎などの魔物であり、その姿は佳乃や吉岡など一般の生徒でも見えている。つまり、彼自身は特別なものが見えるという事実はないのだ。
「では、その魔法陣は誰が描いたのだ?」
「あっ、それは私が描きましたぁー!」
翔太の疑問に佳乃が意気揚々と手を挙げて答えた。
「くっ――、やはりあんたか、魔物使いの女めぇぇぇ――!」
翔太は扇子を右手に構える。すると扇子の先から紅蓮の炎が吹き出し、炎の刀と変化した。それは庸平が使う炎の太刀とは別の種類のもの。庸平が操る炎が禍々しさとすると、翔太の炎は神々しさを感じさせるもの。
「坂本、下がっていろ! あいつはお前を狙っているぞ!」
「えっ、うそ……なんで?」
「逃がすか魔物使いの女め! 正義の鉄槌を――うわっ、なな、なにすんだぁぁぁっ」
翔太が佳乃に向けて炎の刀を振りかざそうとしたとき、背後から彼の腕を掴んだ者がいた。それは長谷川智恵子であった。智恵子は翔太の腕をとり、自分の方へ引き寄せる。不意を突かれた翔太の身体はいとも簡単に彼女の豊満なボディーに吸い寄せられていく。
「わわわ、なんだなんだなんだ、何をするんだあんたはぁぁぁ――!」
小柄な身体の翔太の後頭部に智恵子の大きな胸が押しつけられて、顔を真っ赤にして慌てふためいている。
「この子、小さくて可愛いわぁ-、ウチこのまま連れて帰りたーい!」
「やめろぉー、俺にくっつくなぁー、むむ、胸を押しつけるなぁー」
「ダーメ! 離したら翔太君、佳乃ちゃんをいじめるつもりでしょう?」
「ちがう! その女は魔物使い、正義の鉄槌を食らわせてやらねばならないんだ!」
「ちがうよー、佳乃ちゃんはただの女の子、魔物使いなんかじゃないよー」
「長谷川の言うとおりだぞ桜木翔太。坂本はただの中二病であり、決して魔物使いなどではない。この俺が保証する!」
庸平が胸に手を当てて翔太を説得する。彼の手には霊符が握られていた。智恵子の機転の利いた行動により、境内でのバトルを寸前の所で避けることができたのである。
「先程お前が退治した魔物だが、その白猫の仲間だったんだよ。なぜいきなり出てきて斬ったりしたんだ?」
「ん? その猫がどうした? 俺が斬ったのは化け猫とかじゃなかったぞ?」
「いや、そうじゃなくてさ……あれ? ひょっとしてお前にはこの白猫の正体が……」
「白猫の正体? なにそれ?」
翔太は首をひねる。彼には目の前に座り自分見上げている白猫の正体が白虎であることが分かっていないようだ。この場合、むしろ白虎が魔力の放出を完璧に抑えていると言った方がよいかも知れない。
いずれにしても、両者の戦力差は明らかであった。
「『白猫』、そう言うことだ。この埋め合わせは俺が何とでもするから。この場は何とか下がってくれないだろうか……」
庸平が声をかける。しばらく動きを止めていた白虎は、一声猫の鳴き真似をして、スポーツバッグに入り込んだ。
「桜木翔太、お前命拾いしたな。ところでお前、大文字山に封印されていた魔物を退治したりはしていないよな?」
「大文字山の魔物の封印? それは俺の専門外だ。俺は目の前に出てくる魔物は全て退治しているから分からない。その中にあんたの言う魔物がいた可能性はあるがな。いちいち覚えていないからな、はっはっはー!」
翔太は高笑いをした。
コイツとはいつか決着を付けなければならない……庸平はそう思った。




