第26話 伏見山の攻防
白虎の仲間探しを諦めた一行は、市バスを乗り継ぎ京都駅まで一旦戻った。そこからJR奈良線に乗車し、伏見稲荷大社に到着した。
学校に提出した行動計画書には、最後の見学地としてここを記載していたため、これでつじつま合わせをしておこうという魂胆である。
「うわぁ、すごいすごい! ねえ、ここでみんなで写真撮りましょうよ!」
千本鳥居の入口で智恵子が興奮気味に提案した。彼女は山水村唯一の寺の娘。だから当初は神社へのお参りに乗り気ではなかったのだが、朱色の鳥居がトンネルのように立ち並ぶ様子にいたく感動していた。
「じゃあ俺が撮るよ……」
吉岡と庸平が同時に声を発する。
二人は互いに顔を見合わせて、苦笑いを浮かべる。
当然のごとく吉岡は勝ち誇った表情で智恵子の使い捨てカメラを手にしていた。
「ほら笑えよ、最弱」
何が悲しくて吉岡に笑顔を見せなければならないのか。
庸平は両手で佳乃と智恵子の肩を抱き寄せてニヤッと笑って見せた。
まさに両手に花の構図。
庸平としては女子2人からの報復や罵りを覚悟の上の、半ばやけくそな行動だったのだが、意外にも彼女達は自然な笑顔で写真に写り、そのまま何事もなく歩き出した。
(あれ? 女子ってあれくらいの事じゃ怒らないものなのか……)
庸平は肩すかしを食らったような変な気分になった。
*****
千本鳥居を抜けると、その先には『おもかる石』があることで有名な奉拝所があり、そこでしばらくトイレ休憩をとることにした。
「あー、私もう体力の限界だわぁー。肩が痛いのよぉぉぉー」
佳乃が砂利石の上に庸平のスポーツバッグを置いて大げさにへたり込んだ。伏見稲荷駅からここまでの間、彼女は庸平の荷物持ちを命じられていたのだ。
「ああそうか、忘れていたぜ。じゃ、これでトランプ大会の罰ゲームはこれで終了な、ご苦労さん」
庸平はそう言いながらバッグの中をのぞき込む。
赤鬼の赤い眼がきらりと光る様子は何度見てもドキリとする。
一方、白虎は意気消沈した様子でぐったりしている。
35度を超える気温にやられているかと心配したが、赤鬼の解説によると魔物には熱中症の心配は無用とのこと。
自販機で購入したスポーツドリンクをぐびぐび飲み、庸平は木陰にあるベンチで一息つく。しばらくすると吉岡が隣に座ってきたので、彼は思わず身構える。吉岡もスポーツドリンクを一飲みし、ちらりと庸平を見て話しかける。
「あのさ……赤鬼を倒したお前の力だが……あれは本物なのか? それとも俺たちはお前の幻影を見せられていただけなのか?」
「……陰陽師としての力のことを言っているのなら、正真正銘の本物だ!」
「そうか、あれは本物なのか……」
そう呟いて吉岡はスポーツドリンクをがぶ飲みした。
突然に吉岡がそのようなことを訊いてきた理由が庸平には分からなかった。
佳乃と智恵子がトイレから戻ってきたので、さあ出発という時になって、男子と女子の意見が対立した。思えば、新幹線の車内から様々なトラブル続きで、体力も大分消耗していたのだ。女子2人はもう先には行きたくないという。一方、体力を持て余している男子2人はあと少しぐらいは歩きたいという。
「じゃあ、男子2人で行ってらっしゃいよ。ウチと佳乃ちゃんはここでのんびりして待っているから」
「そうそう、行ってらっしゃい。あ、豊田のスポーツバックは預かっておくから」
女子2人が結託してそう進めるので、渋々その提案を受ける男子2人組であった。しかし、その判断は彼らにとって大いなる不幸の始まりだったのである。
*****
とくに会話を交わすことなくひたすら鳥居を数えながら戻って来た庸平と吉岡は、衝撃的な光景を目の当たりにする。大人しく待っている筈の女子2人が何やらトラブルを起こしていたのである。
そっと近づき、様子を確かめる。
佳乃と智恵子が社務所の職員に叱られている。
彼女らの脇には石畳に白いチョークのような物で魔法陣が描かれていた。
木陰におかれたスポーツバッグのすき間から赤鬼がそっと覗いていた。
「素通りするか……」
吉岡が庸平の耳元でそっとささやいた。
「そうだな、そうしよう……」
庸平が頷く。
「俺たち最近よく意見が合うよな」
「ああ、ちょっと待っててくれ、俺のスポーツバッグを取ってくるから」
「気付かれるなよ最弱、面倒は御免だ」
「分かってる」
無事にスポーツバッグを確保し、そろりと気配を消して通り過ぎようとする2人の姿を佳乃がめざとく見つける。
「あーっ! 豊田、何で素通りしようとしてるのよぉー!」
「吉岡君、あなた班長でしょう?」
「――くっ! 班長は変人の尻ぬぐいもしなければならないのかぁぁぁ――!?」
吉岡が珍しく頭を抱えて叫び声を上げた。
それからおよそ30分間、4人は説教を受けた挙げ句、学校名をメモされてようやく解放された。
「まあ、うちの学校は今年で廃校になるから関係ないよな!」
シュンとなる3人に吉岡が声をかける。
しかし――
「これ、消す前に少しだけ試してみてもいいかな?」
せっかく描いた魔法陣を使いたいという佳乃は強靱な神経の持ち主だった。
彼女は行方不明となった白虎の仲間を黒魔術で召喚させてみたいらしい。
神聖なる神社の境内で黒魔術なんて、何という罰当たりな……
皆が思う中、佳乃が呪文を唱える。
すると、魔法陣の空間に妖気が集まってくる。
庸平とスポーツバッグの中から覗く赤鬼と白虎にははっきりと見えていた。
「坂本の黒魔術って本当に魔物を引き寄せる力があったんだ! 赤鬼が屋上へ墜ちたのもただの目印でなく、ちゃんと坂本が赤鬼を引き寄せていたのかも知れない……いじめられたことの腹いせで?」
庸平が驚愕の真実に気付いた頃、魔物が実体になって現れた。
スポーツバックから白猫姿の白虎が飛び出した。
「おお、これは我が探していた仲間ではないが、懐かしいぞ!」
どうやら佳乃が召喚した魔物は白虎の知り合いらしい。
白虎は白猫姿で尻尾をゆらりゆらりと振るわせて近づいていく――
しかしその時――
「漸ッ――――!」
黒装束を着た小柄な少年が横から飛ぶように現れ、魔物を炎の小刀で切り裂いた。




