第25話 消えた龍
京都駅に到着した。
「ここからは班別自由行動となる。くれぐれも事故に遭わないように気をつけること。旅館には17時までに到着すること。班長はPHSの電源を確認しろ。本部からの着信があったら必ず出るようにな。では解散!」
引率の先生による号令で班別自由行動が始まった。事前に大まかな見学ルートを学校側に提出はしているものの、決められたチェックポイントを通るなどの細かな決まりはない。小規模校ならではの緩やかさである。
豊田庸平、坂本佳乃、長谷川智恵子、吉岡勇気の4人は市バスを乗り継ぎ、最初の見学予定地、金閣寺へ向かう。金閣寺の境内では、使い捨てカメラで写真を撮影したりして過ごした。
「ねえ、さっきの写真、男子2人は全然笑っていなかったでしょう? 一生に一度の修学旅行なんだよ? 楽しい思い出をつくろうよ!」
智恵子が唇をとがらせて文句を言っているが、
「笑顔のない写真なんて、俺たちらしくていいじゃねぇか。それよりも、ここからが今日のメインイベントなんだろ?」
吉岡が庸平の肩に手を回し、ニヤリと笑いながら言った。
「ま、まあそうだけどな……何だったら吉岡と長谷川さんはここでお茶していてもらっても良いんだけど……後で合流ということで……」
庸平が弱々しく言った。
「どうせまた坂本と何か企んでいるんだろう? 俺にもいい思いをさせろ!」
「な、何にも企んでなんか……いないさ」
そう答える庸平の目は泳いでおり、勘の良い吉岡は誤魔化せない。
学校へ提出した行動計画書には、この後は竜安寺、仁和寺と記載しておいたのだが、一行は金閣寺を出て舗装道路を歩いて15分、砂利が敷かれた横道にそれ、やがて山道へと入っていく。この先の左大文字山と呼ばれる標高230メートルの小さな山の中腹に、白虎の仲間が封印されているという。
生い茂る広葉樹をかき分けるように作られた山道には、シダ植物が覆い被さるように生えており、そこを一行はぐんぐんと登っていく。
それにしても……と庸平は考える――魔物の世界にも『仲間』という概念があったのか。群れで行動する人間とは異なり、魔物は常に一匹狼なのだろうという思いこみ。それが崩れ去ったとき、彼の魔物を見る目が一気に変化していた。
「お前らも苦労しているんだろうな……」
先頭を行く白猫の後ろ姿をみて独り言をつぶやいた。白猫に化けた白虎は、人の目を気にする必要がなくなった山道に入った所でスポーツバックから飛び出していた。はやる気持ちを抑えるように、一歩ずつ小さな体でとことこ歩く白猫姿は、不気味さ半分可愛らしさ半分というところか。
「白虎さん嬉しそうね。よっぽど会いたいと思えるお友達なのね」
佳乃がしみじみと言う。
「150年ぶりに会うんだからな。気持ちも分からんでもないが……」
「そんなに会いたいと思えるお友達がいるのって、羨ましいわ」
「おい、長谷川に聞こえるぞ?」
「え!? どうしてそこで智恵子の名を出すのかな?」
「あっ、いや……何でもない……」
庸平は学校裏の山林でのことを思い出し、息を飲んだ。
佳乃は長谷川智恵子を親友と呼ぶ。しかし佳乃はその親友に裏切られた。その時の記憶を封印してでも親友と言い続けようとする佳乃は、どれほどの闇を心に抱えているというのか。
「ところで坂本……魔物に『さん』をつけて呼ぶ癖は止めろ。奴らはそれでなくとも人間を下に見てくる。これ以上下に見られると喰い殺されるぞ!」
実際、赤鬼と白虎は端から人間のことを見下している。だからこそ、虚勢を張ってでも強く見せなければならないと彼は考えていた。
やがて一行は大文字山の目標地点にさしかかる。そこは山の頂上から少し下がった場所で、大文字焼きの火床の手前にあるとくに目立ったものがないただの斜面。白虎はきょろきょろと周りを見回しては場所を変えてまた見回す。草に覆われた山肌には、彼が目指す仲間の痕跡が見つからないようだ。
途中、ハイキング姿の老夫婦が通りかかり庸平たちが山のお決まりの挨拶を交わす間は白猫姿の白虎は身を潜めていた。
老夫婦の背中が遠くなったタイミングで、今度はスポーツバックから赤鬼が顔を出し、庸平の肩に飛び乗った。
「どうだ若造、白虎の奴の仲間とやらは見つかりそうか?」
「いや、見つからないらしい。150年も経っているんだから、その仲間も封印を解かれてどこかへ行ってしまったんじゃないのかな?」
「フム……若造の考えにも一理あるが、今回は外れだ。いや、今回もと言うべきか。この辺りに漂う妖気の残り香から推測するに、白虎の仲間とやらがいなくなったのはごく最近のことだろう」
「そうか……一足遅かったということか……なあ、白虎の仲間って、どんな奴らなんだ? 虎の仲間なのか?」
「2匹の龍と言っておったぞ。黄金に輝く龍と漆黒の闇から出てきたような黒い龍。それが白虎の仲間らしい」
「龍か……俺も会ってみたかったな……」
白虎が空を見上げている。
佳乃と智恵子、そして少し離れて吉岡がその様子を見ていた。
意気消沈する白猫姿の彼に、かける言葉が見つからない。
「最弱……本当にここで間違いはないのか?」
こういう場面では無関心を装う性格であるはずの吉岡までが気にしている。白虎が不憫に思えてきたのだろう。
「俺の式盤でもこの地を指示していたから間違いない」
「じゃあ、一度、私の黒魔術を試してみる? 魔界から引き寄せられたりして……」
「はあっ? 坂本のはインチキ黒魔術だろ?」
「ち、ちがうもん。インチキじゃないもん! 豊田にかけた呪いはちゃんと効いたでしょう? あっ、智恵子にもかけていたから……呪い!」
「ほえっ!? うう、ウチに? ななな、なんでぇー?」
突然話を振られた智恵子が戸惑い、素っ頓狂な声を上げた。
「赤鬼さんが襲撃してきたときにぃー、智恵子はぁー、私をー、裏切ったでしょう?」
佳乃は語尾を伸ばす独特な言い回しで、さらりと毒づく。
そしてニコリと笑顔を向けた。
顔面が青くなるほど、智恵子は背筋が寒くなる感覚を覚えた。
「……それで、どんな呪いを?」
智恵子は恐る恐る訊いた。
「中間テストの最中にぃー、大事なところでぇー、お腹が痛くなれーって!」
「あれは佳乃のせいだったのー? 信じらない!!」
智恵子は両手で口を押さえて目をまん丸に見開いた。
どうやら思い当たる節があるらしい。
佳乃は恍惚の笑みを浮かべていた。




