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第24話 新幹線の車中にて

 東京発新大阪行き団体専用のぞみ号は京都を目指し走行していた。眠そうな目の冴えない男、豊田庸平(とよだようへい)は新幹線の車窓から景色を眺めていた。ただただ、ひたすらに眺めていた。流れゆく景色を眺めていると現実を忘れられるから、彼は景色を……


「ねえ豊田、ミカン食べる?」


 2人がけシートを回転させ、向かい合わせに座る、斜め前のパッツン前髪の坂本佳乃(よしの)が声をかけた。彼女は額に汗をにじませ、無理にでも場を和ませようと気を遣っていた。それは庸平にも分かっている。分かってはいるのだが……


「最弱が要らねーなら俺がもらうぞ」


 庸平の隣に座る吉岡勇気が佳乃のミカンを奪い取る。そう、彼は最も苦手な男と隣合わせになっているのである。吉岡は庸平、そして時を遡れば佳乃を最弱と呼び、いじめを煽動している主犯格。庸平の心が平穏でいられるわけがないのである。


 そんな彼の感情に意を介さずミカンをむしゃむしゃ食べる吉岡の様子を、佳乃の隣に座る女子生徒が苦笑いしながら見ていた。その女子生徒とは、赤鬼騒動の際に佳乃が肩を貸して脱出し、その後恩を仇で返すように佳乃を裏切った佳乃の親友の長谷川智恵子だ。


 2人がけの座席を回転させわざわざ4人が向かい合わせになってはいるが、彼らは仲良く合コン気分でいるわけではない。


 話は先週の学級活動の時間に遡る――総勢18名という小人数クラスである彼らは、5・5・4・4の人数割りで班行動することになった。どうせなら行き帰りのバスと新幹線もその班でまとまろうと決めて望んだ班決めのための大抽選会で、見事この4人が同じ班となったのである。


「はぁー……」


 庸平は深くため息をつく。


「ねえ、みんなでトランプしましょう! ババ抜きはどう?」

 智恵子が作り笑顔で提案した。

「いーね、いーね。やろうよ、ね?」

 佳乃もそれに乗ってきた。

 女子2人にこれだけ気を遣わせて、それでもなお突っぱねるほどには彼らの心はすさんではいなかった。

「じゃあ最弱から俺のカードを引け!」

 じゃんけんをすることなく順番が即決した。

 ババ抜きゲームは順調に進んでいき、いよいよ残り枚数が少なくなってきたとき、

「1位の奴は最下位の奴に1つだけ何でも命令していいことにしよう」

 吉岡が悪戯っぼく言った。

「私はやだ! セクハラされるに決まってるから」

 佳乃が反対した。

「やらねーよセクハラなんて! ゲームなんだからこれは!」

 吉岡は否定するが……

 当の佳乃は庸平をジト目で見ている。

 庸平は目を逸らし、口の端をつり上げた。


「……お前ら普段どんな付き合い方をしているんだ?」

「私、あなた達のこと心配なんだけど……」


 吉岡と智恵子は同時に声をかけた。

 

「だーかーらー、私たち付き合っているわけじゃないのよ?」

 佳乃は手を左右に振り否定した。 



 *****



 新幹線が静岡駅を通過したころ――


「なんだか前の方が騒がしいわね」

 智恵子がトランプの束を混ぜながら言った。

「前の車両に乗り込んだ中学校は荒れているのか?」

「茶髪の男子もいたみたいよ」

 吉岡の疑問に佳乃が答えた。


 1位を2点、ビリをマイナス1点として総合得点で『ビリの人はトップの人の言うことを1つだけ何でもきく』という罰ゲームをすることになったのだが、現在のところダントツで佳乃がビリである。


「荒れているのはうちの学校も同じだな……」

 庸平がつぶやいた。

「はあ? うちの学校は平和そのものだろ?」

 吉岡はそれを否定した。

 庸平はまた、大きなため息を吐いた。


 その後、事態が急変する――


 前の車両から一人の男子生徒が乱入してきたのだ。引率の先生たちが制止するが、その生徒は明らかに様子が変だ。


「赤鬼! ちょっと見てくれ」

 庸平が荷物棚に置いたスポーツバッグに向かって言うと、

「あー? 乗り物の中では顔を出すなとか言っておきながら、随分と自分勝手な若造だわい……一体どうした?」

 バッグのチャックを自分で空けて、顔をヒョイと出す赤鬼。

「あの男子生徒の目が変なんだよ、何だと思う?」

「フム……あれは低級の魔物に憑かれておるな。そんなもの放っておけ!」

「放っておけるかよ、ほら、うちらの担任が殴られたぞ?」

「最弱行くぞ!」


 吉岡が庸平の腕を引き、暴れる男子生徒の方に急がせる。こういう場面ではボスとしての血が騒ぐのだろう。そして彼らが決めた『修学旅行中は班行動』のルールを忠実に守ろうとしているのである。


 2人が男子生徒に近づくと、彼は驚いたような表情で二人を凝視した。

 いや、そうではない。

 彼の目はスポーツバックからちょこんと顔を出した赤鬼と白猫に向いていた。


「う……うわぁぁぁ――!」

 彼は叫びながら前の車両に走って逃げていく。


「どうする? 追うか?」

 吉岡が問う。

「班長が決めてくれ」

 庸平は吉岡に判断を丸投げした。

 吉岡班長の決断は早かった。

「最弱が先頭でいこう!」

「……はいはい。じゃあ、坂本は俺のスポーツバックを持ってきてくれ」

「はあっ? 私も行くの? いやな予感しかしないんだけど……」

「修学旅行は全て班行動でと皆で決めただろう?」

 庸平がニヤリと笑う。

「じゃあ、もしかして……ウチも?」

 智恵子の問いには3人が同時に頷いた。


 先生が殴られて騒然となっている隙に、4人は前の車両に移動した。

 通常なら他校との境目にはそれぞれの引率の先生達が待機していて、すぐに捕まるのだが、今回はその心配はなかった。


 なぜなら、前の車両の乗客が全員気を失っていたから。

 唯一動いているのが先ほどの怪しい目の男子中学生だった。


「こ、こっちへ来るな!」


 怪しい目の男子生徒が後ずさりをしながら言った。


 先頭を進む庸平は後ろに回した手に霊符を持ち、臨戦態勢を整えていた。吉岡は庸平の背中をぐいぐい押してくる。その吉岡の後には庸平のスポーツバッグを抱えた佳乃が、そして彼女の肩に手を置いて智恵子が腰を引いた姿勢で付いていく。


 赤鬼の解説によると、新幹線が長いトンネルに入った時、その土地に根付いていた低級の魔物が白虎や赤鬼の妖気に惹かれて車内に入り込み、男子生徒に憑依しているらしい。


(低級の魔物には用はない……滅してやる!)


 庸平はそう考え、サッと霊符を取り出し呪文を唱えようとするが――

 白猫姿の白虎がバックから飛び出し、吉岡の肩を踏み台に庸平の頭の上にちょこんと跳び乗り、『シャァァー!』と威嚇した。


「ひえぇぇぇぇぇ……」


 男子生徒は白目をむき、その場に崩れ落ちる。同時にふわりと妖気の塊が空中に浮遊する。

 次の瞬間、ミニチュアサイズの日本刀を持った赤鬼が飛び出し斬った。


 勝負は一瞬で決着した。


 庸平は使わずに済んだ霊符をポケットに戻し、

「さて、戻るか……」

 ため息を吐きながら180度転回した。

「そうだな戻ろう」

 吉岡もため息交じりに返答する。

「あ、私ついでにトイレ寄っていくね、智恵子も行く?」

「うん。あっ、戻ったらトランプまたやりましょう」


 4人は何事も無かったかのように自分達の車両に戻っていった。

今話は第三章のプロローグ的な内容となりました。

佳乃と智恵子の歪な関係性と、庸平と吉岡の微妙な力関係を描写したつもりなのですがうまく伝わっていれば幸いです。


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