第21話 青い眼光
古井戸の底に封印されていた白虎には、自分がどの場所に埋められているかという正確な場所は分からなかった。そこで山水中学校の生徒と職員を山林に誘導し、手当たり次第に地面を掘り返させていた。
そして今、長年にわたる封印が解け、白虎は自由の身となった。しかし既に怨念の塊となり果てた白虎には、新しい依り代が必要だったのだ。彼が選んだ依り代が――
「フフフフフ……100余年ぶりに下界に放たれてみたものの、このような人間の身体を依り代にしなければならないとはな……何とも期待外れだ……」
佳乃の喉を震わせ柔らかそうな唇から発せられたその声は、彼女自身のものではなかった。まるで唸り声のような低音である。
「白虎……なぜその女を選んだ? それは俺の仲間だから困るんだが……もっと丈夫で強うそうな奴が他にもいるだろうが!」
庸平は両手を広げて倒れている生徒達を指した。彼らは白虎の呪縛が解け、皆その場に倒れ込んでいた。
「フム……我も不思議に思っているのだが、この身体はとても入りやすかったのでな……ついついこれに決めてしまったのだから今更仕方があるまい……この女はキサマの仲間か……では今生の別れを言うがいい、我は間もなく旅立つのでな」
「ふざけるな! 早くその身体を捨てて他のに乗り換えろ!」
「フム……我が暗闇で眠る間にこうも人間がつけあがっておるとは……人間風情が我に指図するか……フフフフフ……」
唸り声のような低い声で佳乃が嗤う。
「悪かったな人間風情で……俺も好きで人間をやっている訳ではないのだが、人間に生まれてしまったからには仕方がないのさ。で、その身体を返すのか返さないのかどうする!」
「……返さないと言ったらどうする?」
「力ずくで取り返すまでだ!」
庸平は後ろポケットから霊符を取り出し、右手で手刀をつくる
しかし――
腹部への鈍痛を感じたと同時に木の幹に背中が激突していた。
佳乃が一瞬で間合いを詰め、両拳で鉄槌打ちを食らわせていたのだ。
「――くっ!」
苦痛に耐える庸平が片目を開けると、すでに第2波攻撃の体勢に入り突進してくる佳乃の姿が目に飛び込んでくる。
衝撃音と共に庸平が背中を付けていた大木が激しく振動し、枝葉が音を立てて落下するが、かろうじて彼は避けていた。
頭に被さる枝葉を払いのけ、庸平は体勢を整える。
「永き眠りより目覚めし神獣西方を守護する白虎よ。我は現代によみがえりし陰陽師豊田庸平なり。今すぐその依り代から出て我と勝負せよ! 炎の宴・咲き乱れよ! 急急如律令!」
庸平が投げた霊符が炎の玉となって佳乃に向かって突き進むが――
人間ではあり得ない勢いで地面を蹴り上げ、木々を足場にして後退していく。
炎の玉の勢いが減衰した所でふっと息を吹きつけ火を消した。
佳乃は不敵な笑みを浮かべ、余裕を見せつけた。
しかし――
炎の玉の死角に入っていた庸平が間合いを詰めていた。
「赤鬼――――!」
彼の合図で赤鬼がミニチュアサイズの日本刀を投げた。
この時のために赤鬼は姿を消していたのである。
庸平が日本刀を握ると同時に本来のサイズに戻り――
「消え去れ、白虎の怨念よ――!」
刀が佳乃の頭に振り下ろされる直前――
佳乃の身体がびくりと動き――
「――――ッ!」
庸平は寸前のところで止めた。
二人はしばらく見つめ合う。
「若造、上だ!」
赤鬼の声に反応した庸平は、地面をダンッと蹴り上げる。
六角形の魔法陣が出現し、天高く舞い上がる。
「臨兵闘者皆陣列在前! 障壁結界――! 炎の舞――!」
上空で剣印の法をつくり霊符を二度に分けて放り投げる。
一度目の霊符は倒れている生徒達の元に分散し、結界を張った。
二度目の霊符は上空に漂う水蒸気のような塊――白虎の怨念に向かって行くが、炎の塊は白虎を素通りして上空で散開してしまう。
庸平は再び佳乃のそばに着地した。
「あの光の塊が白虎なの?」
佳乃には光の塊のように見えているようだ。
「そうだ。俺が皆に結界を張ったので、もう奴には憑依できる相手がいない。だからあのような不完全な形になっているんだ」
「フム……もうあやつはただの怨念の塊だわい。人間に対する怒りと憎しみ、そして失望があのような不完全体を生み出してしまったようだな……」
赤鬼が佳乃と庸平の間に立って、甲高い声で解説した。
「その原因は、豊田の先祖が封じ込めたから?」
「そうだ。陰陽師という存在が社会で認められないものと成り下がり、俺の先祖が扱いに困ってここに封印したんだ」
「可哀想……」
「……えっ?」
「私、白虎さんに憑依されていたとき、彼の感情が一瞬伝わってきたの。彼は豊田の先祖に捨てられて寂しかったのよ。ねえ、どうにかしてあなたが白虎さんを受け入れることはできないの?」
佳乃からの無理難題に庸平は言葉を失った――




