第20話 古井戸
長谷川智恵子は一心不乱に地面を掘り返している。それも素手で……
「ねえ智恵子、何を馬鹿なことをやっているのよ。落ち着いて!」
佳乃は智恵子の前に座り込み、肩に手をかけて止めようとするが、正気ではなくなっている彼女にはその声は届かない。
「ねえ、指の先から血が出ているじゃない! もう止めなよぉぉぉ――!」
佳乃が智恵子の腕を押さえ強引に止めに入る。しかし、その手を振り払って穴掘りを続けようとする。それでも上から覆い被さる佳乃に、智恵子は腕を振り回して抵抗する。佳乃のアゴに肘が入り、軽く飛ばされた。
「おい坂本、そいつに構わず白虎を探すぞ!」
「いやよ! 智恵子は私の親友なんだから」
「なぜそいつにこだわる? そいつもお前をいじめていた連中の1人なんだぞ!?」
「そうだけど……そうなんだけど……でも……」
佳乃はすっと立ち上がり、庸平と向かい合う。
その表情はどこか寂しげで、背筋が冷たくなるような感覚を覚えるもの――
「智恵子は私が『最弱』でなくなった日、最初に声をかけてくれた人だから……だからどんなに裏切られてもこの人は私の親友なのぉー」
そう言って、佳乃はくすりと笑った。
「おい若造、小娘も相当病んでおるな。どうする、捨てておくか?」
「……お前の捨てるという意味がよく分からないけれど、人には色々と隠さなければならない一面があるというものだ。俺も坂本もな……」
庸平は佳乃の両肩に手を乗せて、力強く指示を出す。
「俺と赤鬼は白虎の封印を解いてくる。そうすれば長谷川も正気を取り戻すはずだ。それまでお前はここで長谷川を守っていてくれ! わかったか?」
佳乃がこくりと頷くのを確認し、庸平はその場を離れていく。
「人間どもは生気を失っておるが、生気とは人間本来の持つ欲だ。それがこの一帯に漂う魔力によって吸い取られ、暴走しておるのだ」
庸平の肩の上で赤鬼は説明を続ける。
「しかし、こやつらの動きはまるで統制がとれておらん。ただ地面を掘ることのみを目的に動いておる。つまり白虎自身もどの場所に自分が封印されておるのか分からないという感じじゃろうて……」
庸平は白虎が古井戸の中に封印されていると確信していた。式盤で占った時のイメージがより鮮明に彼の脳裏に浮かび上がってきていたのだ。
そして、ようやく見つけた。
コンクリートで固めるという技術がまだなかった時代の、石を組んだだけの井戸。すでに穴は土で塞がれ、わずかに丸く組まれた石の頭の一部が露出していた。
庸平は息を思い切り吸い込み、
「全員集合しろー! ここがお前らが探している場所だー!」
雑木林に散在する生徒達に聞こえるように叫んだ。
散在していた生徒達が一カ所に集まり、シャベルで古井戸を掘り返している。
やがてカチンという音がして、陶器のようなものが割れる。
その瞬間、枯れていたはずの井戸から水が湧き出し、勢いよく吹き出した。
まるで水道管が破裂したような光景だが……
庸平の耳には音は届かない。
「こ、これは……」
水が吹き出ているように見えているがそうではなかった。
「これは白虎の怨念の塊だぞ。若造にも見えておるか?」
「ああ、見えている。見えているさ……」
本来は見えるはずのない妖気。
それがあまりにも強力なため庸平の目には水の様に見えている。
空高く空中に放出された妖気がやがて、地表に向かって流れ落ちてくる。
まるで一点に集中するかのように。
生気を失い呆然と立ち尽くす生徒の群れ向かって――
「これはいかん! 人間の中に全ての妖気が入り込んだ様だぞ!」
「くそったれがぁぁぁ――!」
生徒の誰かの中に入り込んだとなると、白虎を斬ることでその生徒も死ぬことになる。庸平がその人物を特定しようと走っていくと――
その人物は青く目を光らせて庸平を睨み付けていた。
「――ッ! さ、坂本かっ!」




