第19話 北北西に異常あり
豊田庸平、坂本佳乃、そして赤鬼は中学校の校舎裏に来ていた。庸平の式盤が示した北北西の方角は学校の裏手の雑木林を示している。塀の向こう側がその雑木林なのだ。
「以前から気になってはいたのだが、この学校の塀ってどうしてこんなに高くて頑丈なんだ? これではまるで外部からの侵入を防御しているみたいじゃないか……」
「外部からの侵入って……何なの?」
「いや、それは分からないのだが……」
「ねえ、それよりも本当にこれを乗り越えるの? 無理じゃないかな? 普通に門から出て大回りしてきた方が良いと思うけど」
「俺が支えて押し上げてやるから大丈夫だ」
「…………」
これまでの経験上、佳乃には悪い予感しかなかった。
「お尻とか触ってセクハラするつもりでしょう?」
「俺がいつお前にセクハラした? さあ行くぞ!」
彼のどの口がそれを言わせるのかと佳乃は思った。
そして彼女の心配はすぐに現実のものとなる。
庸平が突然、後ろから抱きついてきたのだ。
「えっ、なな、なにぃぃぃ――?」
慌てる佳乃の体を持ち上げ、庸平は軽く地面を蹴る。
すると彼の足下には六角形の魔法陣が出現し、一気に高くジャンプした。
「きゃぁぁぁ――!」
2人はストンと塀の外側へ着地した。
「な?」
「な? じゃないでしょう! 今あんた胸触ったでしょう?」
「さっ、触ってねーよ! そもそも触るほどの――」
『バチ――ン!!』
学校裏の雑木林にビンタの音が鳴り響いた――
*****
「ほら見ろ、ここを沢山の人間が通った証拠が残っている」
庸平が指を差すそこには、多数の足跡が残っていた。
「ねえ、これほとんどが上履きで付いた足跡よね?」
「全校生徒と職員が突然、雑木林に入らなければならない用事……何か思いつくか?」
佳乃は答えられない。これが常軌を逸した状況であることは確かだ。
2人は赤鬼と共に足跡の方角、北北西に進んでいく。
「坂本はこの奥に古井戸か沼があるかどうか知っているか?」
「ごめん、実は私も外から来たのでこの辺りの地理には疎くて……」
「そうなの? お前も転校生だったの?」
「豊田が来る1年半前ね。中学進学と同時に父の仕事の関係で……」
この地域特有の『よそ者』を排除するという風習を佳乃もまたいじめという形で経験したのだろうと庸平は思った。しかし彼はそのことを気の毒とか可愛そうと感じることはない。なぜなら彼女は自分をいじめる側の一員だったのだから――
雑木林をひたすら歩いて15分。
平坦だった地面が不自然に下がっている場所にさしかかる。
「これは……昔の沼地だった場所ではないだろうか?」
「ねえ、その沼が皆の失踪と白虎に関係があるの?」
「式盤を使って皆の居場所を占っただろう? あの時にふと沼と古井戸のイメージが飛び込んできたんだ」
2人は足跡を追って、窪地を下っていく。
雑木林の中の坂は所々に急な斜面となっており、多数の足を滑らせた跡があった。
「ほら!」
佳乃の足がズズ……と滑るのをみて、先を歩いていた庸平が手を差し伸べる。
最初は戸惑いを見せる佳乃だったが、自分の手を庸平の手に重なる。
「あ、ありがと――――うえっ!?」
庸平にグイッと引っ張られ、佳乃は足を滑らせて危うく転倒するところだった。
佳乃は繋いだ手を振りほどき抗議する――
「ねえ、何考えてるの? 転ぶところだったんですけどー!」
「だって先を急ぎたいし……それにちゃんと転ばないようにフォローしたろ?」
親切にしたつもりが文句を言われ、庸平は唇を尖らせてふてくされた。
その姿を見た佳乃は、この男とは早々に別れようと思った。
そもそも2人は付き合っている訳ではないのだが……
坂を下ると、奥行き幅10メートル程の窪地が東西に方向に伸びていた。
どうやらこの窪地は昔の用水路または川の跡のようである。
2人は足跡を追って、用水路跡を進んでいった。
やがて、多数の生徒が騒いである声が聞こえてくる。
「うおぉぉぉ……」
「ぐはぁぁぁ……」
「ぎゃぁぁぁ……」
それは尋常ではないうめき声と叫び声だった。
2人は顔を見合わせ、走った。
やがて生徒達の姿を確認できる距離まで近づいた。
そこには想像を絶する光景が広がっていた。
シャベルやスコップを持った生徒がとうなり声をあげながら一心不乱に地面を掘り起している。そこへシャベルを持たない生徒がそれを奪おうと襲い掛かり、殴り合いが始まる。すでに力尽きた生徒達があちらこちらに木にもたれ掛かり、悲壮なうなり声をあげている。
「おい、これは一体……何が起きているんだ?」
「みんなおかしくなっちゃったのかな?」
「うむ……あの人間どもの目を見てみろ。あれは完全に正気を失った者の目だ。もはや穴を掘るという衝動のみで動いておるな……」
確かに赤鬼の言うように、生徒たちは我先に穴を掘ろうとしている。
中には手を使って掘っている者もいる。
爪がはがれ血が滲んていても止めない。
まさに正気の沙汰ではない状況が雑木林の用水路跡に広がっていた。
佳乃は恐怖で足が震え、庸平にしがみついた。
庸平は佳乃に腕をつかまれた状態でもう一度職員室で占ったときのイメージを思い返していた。
小さな沼のイメージが、この水路跡なのだろうか。
そうだとすれば――
「おい坂本、古井戸を探すぞ!」
「ええっ!? 皆を助けなくていいの?」
「奴らのことは気にするな! 全員一人り残らずお前をいじめていた奴らだろ?」
「確かにそうだけど……豊田のその割り切り方、私には真似できないよぉー」
佳乃は泣き出しそうな顔で反論した。
確かに今、生徒達は苦しんでいるだろう。
しかし――
庸平は佳乃の両肩を掴んで言う――
「いいか坂本、俺たちはあいつらにひどいことをされてきた。そのことから目を背けるな! あいつらが酷い目に遭っていたとしても、それは因果応報だ! お前もそう思うだろう?」
「思わないよぉー……あの中には私の親友もいるはずだし……みんながみんな悪い人達という訳ではないはずよ!」
佳乃は庸平から目を逸らし、目に涙をためながらそう言った。
そのとき――
「ぐあぁぁぁぁ!」
突然、正気を失った男子生徒が木の枝を振り回し2人に襲いかかった来た。
咄嗟に庸平はポケットから霊符を取り出すが間に合いそうもない。
振り下ろされる木の枝から佳乃を庇うように前へ出た庸平であるが、彼自身は身を守る術はなく腕を上げて頭を守ろうとする。
その腕を足場にして赤鬼が飛び出し、刀で枝を切り刻む。そして男子生徒の首根っこに刀の柄で打突を加えた。
男子生徒はその場で気を失って倒れ込んだ。
「赤鬼、お前結構強いじゃん。見直したぜ!」
「おい若造! ワシが人間の子供を軽くあしらったからと言って褒めるな! 虚しいだけじゃわい」
そして庸平は改めて佳乃に問う――
「では、お前はあいつらを助けたいんだな? あいつらが正気を失っているのは白虎の封印が解けかけていることが原因だ。そして俺は白虎を倒す! 結果的にあいつらが元に戻っても俺は助けたとは考えない。俺は白虎を倒すだけだからな!」
庸平は、互いの利害が一致するということを言いたかったのだろう。しかし佳乃はその回りくどい言い方にあきれ、ため息を吐いた。
「ねえ、豊田ってツンデレなの? 結局助けてくれるんでしょう? だったら――」
そこまで言って佳乃は固まった。
視線の先には佳乃の親友、長谷川智恵子がいたのである。




