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41 夜に蠢く  その5

 勝利は最初、ライムが投げかけた問いを理解の困難な異国言語のように捉えてしまった。今の自分とは異なる思考手順から導き出したもの、と悟るのに手間取った為だ。

 しかし、咀嚼し理解してしまえば、自ずと現実の形が現れる。

「勝負神が俺に言わせた、という事ですか…?」

 さながら、白スーツの男を勝利とダブルワークの諍いに引き寄せた時のように。

「そうだ」ライムも、改めて邂逅当時を詳細に回想している。「幸い、湖守さんと鍛冶神は、君が指摘した事を事前に想定し既に対策を講じていた。だが、もしそうでなかった場合は? 湖守さんが対策を急ぎたくなるよう勝負神が言動による誘導を行った、かもしれない」

「あり得ますね。…あの時、湖守さんに訊きたかった事は、こう、ふわっと俺の内から湧いてきました」泡沫を表現する両手が、漠然とした思考の手触りと酷く華奢だった事を説明する。「昼間、俺の操作をされた時と結構似ています」

「なるほど…」

 肩に届くライムの柔らかい茶髪が、ふわりと揺れた。白い指を顎に添え思案顔をする眼鏡の紳士は、僅かに俯くと額に前髪を引き寄せる。

 突如、勝利の心臓が大量の血液で膨れ上がった。赤い液体は、「もっと喜んでもいいのに」と元々の体温以上の熱を帯び、肺を経由した後、冷却される事なく筋肉のポンプから全身へと送り出されてゆく。

 体内で、祭り囃子の演奏が始まった。早い拍動で押し出される血流が、「一緒の一夜、一緒の一夜」と、さも祝い事のように繰り返す。

(いっしょの、いちや……?)

 疑問符を練り込み反芻に反芻を重ね、勝利はようやくその意味を理解する。

 突如、片足づつで跳ね、勝利は得体の知れない舞いを始めた。

 十分後、三十分後を想像すると、居ても立ってもいられない。

 勝利の内部では、台風の襲来と火山の噴火が同時多発的に起こり、肉体と理性をパン生地同然に弄ぶ。

 件のライムを間近に感じ、共通の目的の下で共に過ごす一夜。それが突然訪れた。

 しかも、リーダーたる湖守の公認ときている。

 人間の欲望というものは正直だ。昨日、ダブルワークの内で目の当たりにした全裸のライムを、邪に目覚めた妄想が再度再現にかかる。

 元々が、全身くまなく美の結晶という至高の神だ。補正などという無粋なものの介入は一切必要ない。

 ほんのりと赤いライムの唇が動く。呼んでいるのは、勝利の名か。

「ダメじゃん!! 俺!!」と、興奮気味に数歩分退く。

 矢庭に、無防備な頭頂めがけ固い拳が打ち下ろされた。

「ま~た~、トンデモ思考に走ったな」その場で蹲った勝利に、ダブルワークが白い犬歯をちらつかせる。「お前はベッドの端で俺の隣。ライムの隣なんざ百万年早い」

「え~~っ!?」露骨に不満顔をし、勝利が仁王立ちする緑髪の男を膝の位置から睨み上げた。「いいじゃないですか、一度くらい譲ってくれても。今まで毎日だったんでしょう?」

「い・や・だ!!」

 緑髪と褐色の肌に彩られた精悍な美男子が、腰に手を当て大きく口を開いて拒む。

「何をやっているんだ、君達は……」

 とうとうライムの一瞥を食らうに至り、勝利達は双方共、渋々玩具の刀を鞘に収めた。

「勝利君は、ベッドの真ん中に決まっているだろう。窓から敵に侵入されても、或いは窓から逃げるにしても。必ず、私とダブルワークのどちらかが盾になってやれる」

「盾か…」無駄に肩を落とし、ダブルワークが勝利の手を取って立ち上がらせた。「そういゃあ、あれをまだ勝利に話してなかった。不二を出すタイミングについて」

「遊んでばかりいるから、大切な事を忘れるんだ」ライムにしては珍しく些か尖った態度で、横道にばかり逸れる相棒を急かす。「私が話そう」

「いや、俺がする。元々が俺サイドの話だからな」

 ふうと息を吸う短髪の男が、勝利を立たせたまま思考の整理にかかる。

 雰囲気が、変わった。

「勝利、よく覚えておけ。今から説明するのは、俺達縫修機の仕様ってやつだ。きっちり上手く使いこなせ。さもなきゃ、小さな遅れで大きな後悔をする事になるぞ」

「後悔…」

 漢字表記にするとたった二文字の言葉に、縫修師達は大きな重さが加わっている事を勝利に伝える。能動的なものを含む前振りに感じるのは、護られる者の話ではないという緊張感だ。

 護る側に立つ者として聞け。ダブルワークは、そう訴えている。

「俺達縫修機は、基本、ヴァイエル化した直後にパートナーの縫修師を機内に強制転送する。それは、縫修師を取り込んでいてこその縫修機だからだ」

「はい。つまり、あの子を護ってチリとは別行動をするミカギさんは、今回、かなりやり慣れない事をする訳ですね」

「まあな」問題の味を噛みしめ、ダブルワークが渋い表情で首肯する。「縫修機が縫修師の強制収容をオフにする、なんて事は百年に一度あるかないか、だ。で、敵襲に気付いたら、俺はすぐ外に出てヴァイエル化。ライムはその時点で俺の中に転送される」

「…はぁ」

「その後、すぐにお前を収容してやる。だが、不二はその前に外で実体化させておけ。あいつは、俺の中から自力じゃ出られねぇ」

「え…。でも、昨日ライムさんのスーツが天使になって、ダブルワークさんの体をすり抜けましたけど」

 問題のシーンは、ライムが行った縫修の一場面だ。服や靴など、緑の縫修師の身を包んでいたほとんどが天使に姿を変え、彼等はコックピットから直接外に出るという離れ業をやってのけた。

「ああ。連中は、俺自身でもあるからな。縫修の最中っていうのは、とにかく特例のてんこ盛りだ。あれを基準に考えるな」ダブルワークが、垂直に立てた左の掌に右の中指を水平に当てて止める。「不二と俺は、あくまで別の存在だ。もし損傷したら、俺の中で保護してやる。敵の攻撃は、まぁ普通は届かねぇ。だがその分、不二にとっても強靱な壁だ」

「つまり、ダブルワークさんの内部で不二を実体化させたら…」

「俺が転送で出してやるまで、チリやスールゥーにとってはいないのと同じって事だ。嫌だろ? だから、お前が覚えてて確実に出しておけって話だ」

「わかりました」納得した勝利は、大きく頷く。「俺の吸魔化を避ける為に、そもそもダブルワークさんが敵に接近できません。俺は、それ以上みんなの足を引っ張りたくないです」

「…お前なら、そういう考え方をすると思ったぜ。勝利」

 ニッと白い歯を剥き出しにする緑の縫修機の後を、ライムが引き継ぐ。

「ダブルワークの中にいても、勝利君から不二に指示を出す事はできる。君は心話を使う事ができるので、最悪、心話で遠方から指示を飛ばす事もできるが。携帯端末を使う方が無難だろう」

 勝利は目を見開き、無言のまま両手の人差し指で小さな長方形を描く。

 ライムが首肯した。

「あれには、そういう機能もある。声が届かない程不二と離れた時には、君の端末を使うといい。不二の神名乗りを行った後だから、端末側で自動追加していると思う」

「はぁ…」と感心し、勝利は寝間着代わりにしているワイシャツの胸ポケットを叩く。硬質な感触は、携帯端末が入っている証だ。「最初、どうして端末のアクセサリーなんだろう、って思いました。よく出来てますね」

「もし。こう色々と起きてなきゃ、湖守さんが直接お前に教えてたんだがな」朝に聞いた予定を思い出しつつ、申し訳なさそうにダブルワークが頭を掻く。「どうにも、いちいち想定の外に外にってずれやがる」



          -- 「42 夜に蠢く  その6」 に続く --


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