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縫修師ライム・ライト  作者: 野中炬燵
第1話 勝率を下げる男と新緑に彩られた神々
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07 ライムとダブルワーク  その1

2017-05-07 縦書き対応と減量。

 一頻り溜まった感情を迸らせると、緩やかにだが思考が活動を再開する。

 勝利は、座り込んだままの全身をようやく重いと自覚した。そして、両手で触れている玄関の板の間を冷たい、とも。

 よろめきつつも自力で立ち上がり、安価なドアノブに手をかける。とにかく、外にいる男達の話が聞きたかった。

 黒い獣の存在や過去を奪う能力など、そもそも信じる事が困難な話を一切説明する必要がないのは有り難い。明らかに彼等は、勝利が体験した非常識な現象の数々に通じている。

 しかも、被害者の心の痛みにまで配慮してくれるのだ。

 何者なのか、は今は問わない。敵であろうと、或いは味方であろうと、過去を改変する力からただ人の身で逃れられる気はしないから。

 恐る恐る玄関ドアを開けると、立っているのは、やはり窓外で見かけた男だった。声が二人分しただけあって、手前に眼鏡をかけた紳士が、奥に体格の良い男がいる。

 後ろに控えた男は精悍な顔つきの割に細やかで、「少しは落ち着いたか?」と部屋の主に気遣いを示す。

「あ、はい」

 張りつめていたものが、更に緩む。

 代わりに頭を擡げてきたのは、まるで印象の違う二人に対する好意的な好奇心だ。

 同じ目的で行動しているのだろうに、片や二〇代後半くらいの眼鏡の紳士、片や二〇代後半か三〇代前半に見えてしまう腕の太い大柄な男の組み合わせ。まるで、絵に描いたような頭脳労働担当と肉体労働担当のコンビだ。

 それ故、単なる聞き取り調査という人選ではない、と素人の勝利にも見当がつく。

 何より、後ろの大男が醸し出す貫禄は重厚で独特なものだった。

 もし、勝利が非協力的だった場合。男の存在は、たちどころに玄関のみならずこの部屋全体を強力な威圧感のドームで覆い尽くしていたように思う。

 気配りも大男の側面、貫禄もまた男の側面。紳士は、そんな連れに気圧される様子もなく、切れ長の目で冷静に勝利を観察していた。

 一応押し殺してはいるが、眼鏡の男もまた何かのプロなのだろう。勝利は、二人組の第一印象をそう纏めた。

 それにしても、北風が吹き込んで来ないのはいいとして、玄関が真っ暗だ。大人の男が二人分の体躯で塞いでいるのだから、当然閉めきっている時と同じ事が起こる。

「あの…、まず上がってください」

 勝利としては、近所の目も気になった。用件が用件なのだし、急ぎ室内へと招き入れ、二人を明るい南の部屋に通す。

 回したままのエアコンで暖を取ってもらう中、せめてお茶くらいは出そうと勝利はマグカップを三つ揃えた。

「あの…、時間はあるんですか?」

 全てを聞き終えるまで帰したくない、との本音が滲み出る。何しろ折角掴んだ、謎に繋がる糸なのだから。

 就活用のメール送信は後回しだ。未だ仕組みはわからないからこそ、今日送信予定のメールが過去改変の影響によって結局は送っても届かない、という事が十分にあり得る。

 確かに未来は大切だが、過去が変化するものと知ってしまった今、最早無策ではいられない。

「時間はあるが、茶ならいらねぇぞ」大男が、ガス台の前に立つ勝利に向かって体を捻る。「パインあめ、なら貰うがな」

 手際よく動いていた部屋の主は、一瞬凍りついた。

 甘党か。コーヒーより酒がいいと言い出しそうな精悍な大人顔で、子供が好む果物の味を所望とは。

 しかも、無駄に声質がいい。「あいうえお」を発音しただけで女性の心を射抜いてしまいそうな低音が、程良く暖気の巡る室内を震わせる。

「すみません。飴は切らしていて無いんです」

 機嫌を損ねる事を覚悟の上で、勝利はぺこりと頭を下げた。

「そうか」

 背を丸め、短く応答した男が落胆する。

 その様子があまりに残念そうだったので、勝利は冷蔵庫に乗せたまま放置していた福引きの末等賞をそっと大男に差し出した。透明なフィルムで綺麗にラッピングされた中身は、個包装の飴ばかりが十粒も入っている。

「すみません。何かの福引きで貰った飴ならありますけど。色々な味が混ざっているみたいです」

「そうか」

 先程と全く同じ言葉に、今度は喜色の生気が宿る。

 男は嬉しそうに果物の味を探し出すと、キスをするように飴を唇で摘み、愛おしそうに口の中で転がし始めた。

 眼鏡の男が、連れを一瞥する。

「私達に、もてなしや気遣いは無用だ。なるべく早く本題に入ろう」



          -- 08 「ライムとダブルワーク その2」に続く --


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