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27 呼び出しに応じた女  その3

 帰路で追跡される事だけは絶対に避けなければならない。

 巨大なヴァイエル単機が空に浮かべば、むしろ敵の目を引いてしまう危険がある。三人は敢えて電車での移動を選び、新小岩を離れる事にした。

 不二を人の目線以下にまで降下させ、駅構内や車内の監視に当てる。混雑する時間帯を外しているからこそ可能な方法だ。

 それでも用心には用心を重ねるべく、一旦都内に入る迂回路を選んだ。市川とは反対方向になる上り線の各駅停車に乗り、わざわざ秋葉原駅で乗り換え、東京駅の構内をうろつく。その後、再び総武線快速に乗って市川駅で下車した。

 たとえ陸路の追跡者がいたとしても、相当慣れていなければ秋葉原と東京駅の構内で勝利達を見失う。

 継ぎ足しによって規模を大きくした駅は、そもそも小さな迷宮だ。ライムとダブルワークの容姿が如何に多くの人々を振り返らせたとしても、皆が元々、自分の目的を持って歩いている。仕事から解放された夜の乗客とは違い、すぐに自分を取り戻す昼の乗客達は追跡の参考にはならない筈だ。

 ツインタワー側に出、今朝も歩いた直線道路を歩き始めると、勝利は「不二」と足下に浮遊する小さなボディガードに声をかけた。「後ろを見てくれ。誰かついてきているか?」

「いない。闇の気配も、ライムが抱いている一つきりだ」

 それを聞いて、ようやく全身から緊張感が抜ける。大きく息をつくと、勝利と不二は、ライムとダブルワークの後ろからついて行く。

「白スーツの男は、まだ気づいてないみたいですね。その子が俺達に見つかったって」

「ああ」と、ダブルワークが体を捻り鉄道の高架を顧みる。「まぁ、時間の問題だろ。定時連絡ができないとわかった時点で動き始める筈だ。必ずな」

「これは湖守さんの決める事だが、勝利君は今日、アパートには帰らない方が良さそうだな」

 コートの塊を胸に抱いたまま、ライムが物騒な話を振る。

「え…と。それは、いずれ引っ越した方がいい、っていう意味も含みますか?」

「そいつは、今更無意味かもしれねぇ」緑髪の男がもっと手前の部分から否定をする。「あの辺りの監視を強化されたら、引っ越しみたいな大掛かりな行動は目につくに決まってるだろ。ご丁寧に行く先を教えてやるようなもんだ」

「でも、今日泊まるだけじゃ…」

「そうだ。問題は解決しねぇ」勝利の続きを、ダブルワークが受けて話す。

「…ま。明日の事は、明日考えようぜ。最悪、今夜にもこのちび助を巡って白スーツと一戦交える事になる。明日の朝、全員が無事に揃っていたら、それだけでアパート周りの危険度は下がっているって見方もできる」

「今夜……」

 勝利は、自分へと伸ばされた彫刻のような五指を恐怖の中で回想する。あの指は、勝利を吸魔に変えるしなやかな白い凶器だ。

 湖守は汚染と言っていたが、あれだけ濃密な闇を纏う怪神がまんぼう亭を襲撃したら。一体何が起きてしまうのだろう。

 誰一人欠ける事なく、まんぼう亭で明日の朝を迎えたい。できれば、知りすぎた虫の少年も一緒に。

 勝負神の力を借りず、勝利が一周勝利として何とかしたいと考えるのは傲慢なのだろうか。

 まんぼう亭のビルにライム達が近づくと、「そこで止まって」と乃宇里亜の声がする。姿は見えないのだが、既に少年の入室対策を講じていたらしい。

 ライムが抱えるコートを、透明な何者かがめくる。

 冬の曇天下で露わになった上半身に光の砂が降り注ぐ。それは、目のやり場に困る下半身にも行われた。

 少年の全身が、次第に淡い青一色の服に包まてゆく。顔や髪、手首と足首は一見剥き出しのままだが、何もない訳ではなく、細粒の光が隙間なく覆っているのがわかる。

 これが、シールドというもののようだ。勝利としては、スタイルの良い少年が全裸でなくなった事に胸を撫で下ろす。

 嫌なものだ。闇の虫として監視の任に当たらせる白スーツと同じ領域で彼を扱うのは。

「じゃあ。次は、ライムだ」何かを両者が了解の上、ダブルワークがコートの包みを紳士から取り上げる。「勝利。お前も念の為、不二に触っとけ」

「はい、…って。何を始めるんですか?」

 事情が見えず、勝利はきょとんとする。

「浄化だ。俺達ヴァイエルは、ライム達と違って百パーセントの造り物だ。穢れが入り込む余地がない分、浄化の機能も付加されてる」

「あ…、はい」

 意味は何となく理解できるので、勝利は「不二」と呼んでその藤色の機体に両手で直接触れる。

 冷たく滑らかな表面だった。気温が反映され、寒風が不二を全身くまなく冷却している。

 一方で、勝利自身に変化は全く起きなかった。白スーツの男とも少年とも接触していないから、かもしれない。

「これでいいのかな…」

「問題ない。主」不二が、自らそっと離れる。

 そういえば、機体のデザインが既に決まっていた事を湖守に伝えなければ。何処で手違いが起きたのか、事実と違う説明をした湖守なら絶対に関心を持つ筈だ。

「終わりまし……た…」

 報告しようとした勝利の全身に、突如灼熱の火が点る。

 何と、ダブルワークがコートの塊を左手一本で抱えたまま、ライムの顎を右手の人差し指で引き上げているではないか。身長差と仕草が、ダブルワークを支配する側、ライムを支配される側に錯覚させてしまう。

 勿論、本来主導権を握っているのは、縫修師たるライムの方だ。浄化が必要だとしても、別な形があるだろうに。

 何故か笑顔のダブルワークに対し、眼鏡の紳士は不本意そうに憮然としている。

 ダブルワークが、ようやくライムの顎から手を離す。

 勝利の神経は、ちりちりと壮絶に毛羽だっていた。

「ライムさん。次の浄化の時には、俺の不二を貸しますね」と優しく話しかけてから、ダブルワークに対しては声のトーンを一段下げる。「ここは公道ですよ!! ご近所さんに何を見せたいんですか!?」

 ライムが返答する前に、褐色の肌の男が速攻で切り返す。

「車一台通らなかったろ」

「やってる事が問題なんですよ!! まんぼう亭に変な噂を立てたいんですか!? 元々お客が少ないのに」

「おいおい…」

 それは禁句だろと言わんばかりにダブルワークが顔を歪めると、「喧嘩はダメ」と少女の声が仲裁に入る。

 困惑した様子で自身の唇を噛むライムが、「中に入ろう」と突き放すように促した。

 階段室に入って、通用口から店内に入る。秋葉原経由で東京駅まで迂回し市川入りした分、ランチのピークはとうに過ぎていた。

「すぐに」帰る事はできなかったが、あれはあれで必要だったのだし、自動的に人払いが行われている。客らしき人物は一人もいない。店内には、ミカギとチリ、そして湖守が詰めているきりだ。

「たた今帰りました」

 ライムとダブルワーク、勝利が続くと、湖守がキッチンで「おかえり」と迎えてくれた。

「石塚君と真田君から、僕のところに連絡があったよ。二人の到着はまだ先だから、君達と僕達で、今のうちにお昼を食べちゃおう。ツェルバ達も、もう戻って来るんじゃないかな」

 チリが皿を並べ始める。

 コトリ、コトリという皿を置く音を遮るのは、湖守がぽそりと付け加える声だ。

「今日は、長い一日になりそうだね」



          -- 「28 ツェルバとスールゥー」 に続く --


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