14 綻び その2
「じゃあ。誰か一人でもいなくなると、すぐに困りますよね」
綻びの生じた不完全な地上の網羅を想像し、勝利は土地守の果たす役割の重要性を鑑みる。自分の場合一つとっても、地元管轄の土地守が迅速に対応したからこそ、ライム達緑組の保護下に入る事ができた。
三日分の過去を失う。吸魔の襲撃それ自体を指して大きな悲劇と呼ぶ事はできるが、もし、被害に遭った事すら把握されず縫修師の対象から外れてしまったら。無駄に被害者を増やし、誰もが傷つく事になる。
「ああ」当然、ダブルワークも勝利と同じ不安に駆られていた。「だから昨夜、湖守さんがすぐに代理を立てた。行方知れずの土地守と三世代循環を行っていた神の一人が、出来ちまった穴を埋めている」
なるほど、その為か。勝利との面接の直前、二階に昇っていった湖守の動機に合点がゆく。
あれは、携帯端末用リングを取りに行ったのではなく、外と連絡を取る為に席を外した、と考える方が自然なのかもしれない。湖守が経営する神々の為の会社を通話先と仮定すれば、昨夜から何度も同じ事を繰り返しているリーダーの姿は容易に想像がつくというものだ。
既にこれだけの騒ぎに発展しているという事は、携帯端末を破壊し失踪してしまったか、携帯端末ごと闇に飲まれてしまったか。可能性は二つに一つ、という事になる。
しかも、後者の可能性がより高い、と湖守達は睨んでいるのだろう。
昨夜七時から、優に十四時間は経過している。一時の迷いならば、そろそろ本人の動きがこちらに伝わってもいい頃だ。
何も起きない、という状況が恐ろしい。最早、神々と接触する意志がないともとれるし、連絡をとれる状態にないのだとしたら。
誰もが祈っている。後者ではない事を。
「あの…。少し訊いてもいいですか?」
勝利は、失踪の件について自分なりに考えてみる事にした。欲しいのは、神々が持つ確度の高い情報だ。
「その土地守について知りたいのか?」ライムが眼鏡を光らせると、「それもありますけど…」と前置きし、勝利は先に総論を要求する。「土地守をやっていて辛いと感じるとか。続けてゆく時、何が負担になりやすいんでしょう?」
ライムとダブルワークが、ほぼ同時に顔を見合わせた。
「あー、そっちか」ぼりぼりと頭を掻き回答に応じたのは、ダブルワークの方だ。「土地守のほとんどは、元々そういう役割を背負っていた土地づきの神だ。喪失前と同じ場所に留まって、大地に蓋をし続ける。それと、吸魔が出現した際には、通報もする。ま、地味な仕事だが、俺達みたいな有事に動く神の対局にいる連中だ。本当の意味で安寧の守護者だろ」
「そして。彼等土地守も、今は全員が神造体を持っている」と、続きをライムが話し始めた。「中には未だに社持ちもいるが、人々の信仰心が薄れてゆく中で社を失った者、元々信仰の対象から外れている者もいる。…なるほど。彼等の仕事ぶりを労うのは、いつも人間ではなく、神々だけなのだな」
おそらくは、そればかりが理由ではない。
勿論、人々の信仰や感謝は、神々にとっても明日への活力となってゆくのは確かだ。人知れず行う仕事にやり甲斐を見出すのは、なかなかに困難だ。不死の存在として永続的に務めるとなれば、尚更だろう。
しかし、吸魔など毎日出没する敵ではなく、副業として店の経営などをしているのなら、神として費やす手間と時間はあまり多くはない気がする。
勝利の中で、もやもやとした蟠りが渦を巻いていた。
知らねばなるまい。土地守の事を。
「あの…。少し早いんですけど。俺の住んでいる所を担当している土地守の店に行きたくなりました」
「ふっ」と笑うダブルワークは、勝利の意図をすぐに察する。「店を見て、客と店長の様子から、土地守っていうものを掴みたくなったか?」
「はい」椅子から立ち上がりつつ、断言する。「湖守さんやツェルバ達が精一杯動いているのなら、行方不明の土地守の為に俺が出来る事はありません。なら、土地守が人間の世界にどう馴染んでいるのかが、まず知りたいんです。それだけでも、昨夜からみんなが悩んでいる事の根深さを俺が知る手がかりにはなりますから」
「君の地元を担当している土地守にも、同じ不安があるのか。それとなくヒントを掴みに行きたいのだな?」
「そうです」
実は、勝利も否定をしたくはなかったのだ。人間優先に築き上げている湖守の共存プランを。
神々の側に無理を強いる部分が少なくなく、継続する上での問題は確かに多い。
しかし、不死の存在として地上に住み続ける場合、こそこそと隠れ定住を諦めて時を重ねるより、現代の神として役割を背負い矜持を持つ事ができるのなら、誇りは手放さずに済む。
その考え自体を間違いだ、とは思わないのだ。
「本当は、単刀直入に訊きたいところはあります。湖守さんのやり方に不満があるのかどうか。でも、それは後回しです。俺の為に通報してくれた土地守の店を、名乗らずにまず見てみたいんです」
-- 「15 標的探し」 に続く --




