06 神との面接 その2
「勝利君、飲食で働いた経験はある?」
「え…」
まんぼう亭の面接は、思いがけず雇用目的の体裁を整えて始まった。
勝利の秘密を知る湖守の質問だ。冒頭から、家族構成、親族の全国分布など根掘り葉掘り尋ねられるものと覚悟していただけに、つい返答を一拍遅らせてしまう。
「いえ。まんぼう亭が初めてになります」
「接客についても?」
「はい。未経験です」
その後、立ち仕事について、挨拶ができるか、対面の会話に抵抗がないかなど、店に立つ上での具体的な質問が続いた。
湖守は、縫修師達のまとめ役だ。勝利の雇用など、本来なら勝負神を側に置く上での緊急措置でしかない。そう受け止めていた時もある。
だが、違う。時給で千円も出し二食のまかないを付けるという待遇は、一方で、出勤日にはきちんと労働を提供してもらうぞという条件の提示を含んでいた。
勝利の内にいる勝負神の登場は、確かに湖守にとっては魅力的に映ったろう。しかし、ある意味ではそれ以上に、日々店を訪れてくれる人間の客達は何に代える事もできない宝物なのだ。たとえ古き神であろうがその器であろうが、店と彼等を繋ぐ店員である限り、一定水準以下のやる気で店に立つ事など決して許されない。
勝利にとっても、本気の面接は心地よかった。
「うちは結構期間限定メニューの切り替えが激しいんだけど、名前と値段をどんどん頭の中で更新していけそう?」
一瞬躊躇してから、勝利は「頑張ります。期間限定の情報を追いかけたりとかは、ずっと頭でやってきましたから。できると思います」
「情報の追っかけ? 何してきたの?」
勝利は照れつつも、ネット上で交流している期間限定部の活動について説明した。そこに友達ができたのだが、うち一人との関係が一昨日変わってしまった事についても。
「三日吸いの影響か…」
カウンターで呟くライムの声に、勝利は首肯した。
「それはショックだったろう」湖守に慰められると、涙腺が緩みそうになる。
ログインすれば、期間限定部の変化は勝利を更に追いつめる事になるかもしれない。かといって、いつまでも放置するのは望ましくなかった。ネット上で育む人間関係が、三日吸いを機会に皆無となった訳ではないのだから。
「仕事についての質問を続けるよ」
「はい」と、勝利は気持ちを切り替える。
「毎日洗濯もやってもらいたいんだけど、ホールと洗濯で両方水仕事。冬は水が冷たいけど、続けられる?」
「はい。物がきれいになる作業は好きです」
「いいねぇ」
勝利の中で、湖守に対する警戒感は抜け床へと落ちてゆく。気分はすっかり、求職者対雇用者一色に染まっていた。
「ところで。君個人についての質問を始めるよ」
「はい…」
しかし、それは突然訪れた。一旦気が緩んだ後だけに、心の準備がなかなか上手い具合に復活しない。
「勝利君。君の実家はどこ?」
「え…」リズムの良い勝利の即答が、この時終わった。「え…えと。茨城県です。茨城県の取手市に、両親と妹がいます」
「家族の中に、幽霊が見えるとか、天気の変わり目がわかる人っている?」
勝利の表情が、矢庭に凍り付いた。
「…は…、はい」
「誰?」問いかける湖守は、頬の肉が上がってこそいるものの目が笑っていない。勝利の下手な嘘が通じるとは思えない状況だった。
正直に全てを話した方が良さそうだ。
「母が、天気をよく読みます。農家出身だからだそうで、出かける前によく傘がいるかいらないかを教えてくれました。結構当たっていたように覚えています」
「幽霊が見える人は?」
心臓の拍動を耳で聞きながら、「父です」とはっきり答える。「でも、家族以外には話しません。喜ばれる話題ではありませんから」
ふぅと、湖守が一つ息をついた。「これから変な事を訊くけれど、気を悪くしないでね」と前置きし、「もしかして。君の生まれた日に、お爺さんとか亡くなってない? 父方か母方のどちらかで」と踏み込んでくる。
勝利が顔を歪めた事を、湖守は悟ったろう。
不愉快な質問をされたが為の反応ではない。心当たりがあるのだ。
「俺、ではありませんけど。妹が」
「妹さん?」
「はい。今年、高二なんですけど。生まれたその日に、同居していた祖母が亡くなって。結構慌ただしかった事を覚えています」
勝利の耳に、ジャズのドラム音が明瞭に届く。店内から、音楽以外の音源が突然消えてなくなったのだ。
衣擦れの音、ソーサーとカップが奏でる小さな衝突音、微かな椅子の軋みさえ、面接に遠慮して黙したまま小さく蹲る。
空気が張りつめていた。暖房がきいている調整された店内で、空気そのものが冷気のように人間の肌を刺す。
「あの…、それが何か…」恐れの中で、勝利の好奇心が身をよじった。他ならぬ自分の家族の事ならば、何を意味するのか尋ねずにはいられない。
「君自身については?」
静かな威圧と共に、湖守が今一度返答を迫る。
-- 「07 神との面接 その3」 に続く --




