47 湖守の提案
駆け足で蒼天を巡る太陽が、その身に鮮やかな朱を加え始めた。午後三時を過ぎてしまうと、冬の日差しはたちどころに西日となって空と街を赤寄りの黄色に染めてゆく。
まんぼう亭上空まで戻って来たダブルワークとチリは、乃宇里亜が屋上に人数分のダミーを用意するまで空中に留まっていた。
毎回このような回りくどい事をし、人影消失の疑惑を回避しているのだろうか。勝利は、未だ洗濯物がはためいている屋上を見下ろしつつ、球状モニターの底を指した。
「安全と言えば安全ですけれど、随分細やかな配慮ですね」
「その点については、私も同感だ」特に疲れた様子もなく、ライムが微笑する。「ダミーについては、如何にもあの人らしい考えが働いている。興味があるなら、君から湖守さんに尋ねてみるんだ。湖守さんと個人的な会話をする糸口にもなるだろう」
「はい。その考えって結構興味があります」
五人は屋上に着地した。ミカギが洗濯物を取り込もうとするので勝利も手伝い、両手にタオルとテーブルクロスを抱え、用心深く階段を降りる。
通用口から店内に入ると、「お疲れ様」の声がかかった。
店内はマスターの湖守のみ。昼食に遅く夕食には早い半端な時刻だと、まんぼう亭は客の入りが極端に悪くなるらしい。
「報告は見たよ。上手くいったみたいだね」湖守が勝利に笑いかけるので、「俺は、横からそっと手伝いをしただけです」と謙遜しつつ頭を下げた。「昼間、それとさっきは、本当にご迷惑をおかけしました」
「もう済んだ事だ」ダブルワークが、誰よりも早くカウンターの左端に座って、「お前はいい仕事をしたんだぜ」と誇りに思う事を勧める。
その言葉に、チリが頷いた。ライム以上に線の細い顔が、その後黙って右側のカウンター席に腰を落とす。
とうとう許されたのだ、と勝利は理解した。
「ほら。勝利も座る座るぅ~」
ミカギに促され、朝と同じ席に落ち着いた。左隣にはライムがおり、三つ空席を置いたその右側に、ミカギ、チリが座っている。
おそらく、義務として同席を強いられる場合、この二組の間にツェルバとスールゥーが陣取るのだろう。勿論、敢えてミカギ達寄りに。
「勝利君。まずは、これを渡しておくよ」
カウンターからコーヒーでも提供するような仕草で、湖守が一台の携帯端末を差し出した。
大きさはライム達が持っている物と同じで、色は緑。一見するとスマホのようだが、随分と軽量だ。
「それは、僕からのプレゼントだよ。僕が逢った神には全員渡している端末でね、スマホと二個持ちにしないで済むようスマホの機能も持たせてある。君の名前と僕達の連絡先だけ、こちらで登録させてもらったよ。今日からいつも持ち歩いて欲しいんだ」
「俺が、これを、ですか?」と尋ねてから、実際に触れてみる。まんぼう亭やライム、ダブルワークなど、十件分の連絡先が既に入力されていた。
「縫修師と縫修機全員の分と僕、乃宇里亜、まんぼう亭。それから、東京にある僕の会社の代表番号が、全部グループ一に入ってるよ。体調の異変とか、吸魔化の兆候が現れた時は、すぐにそれを使うといい。GPS機能も付いているから、こちらで君の位置を特定してすぐに対処する」
「ありがとうございます。これは本当に助かります」
勝利は、しみじみと携帯端末の画面に触れた。緑の色は新緑に近く、所有者がライム達の担当である事を色で示している。二つ折りのカバー付きという用意の良さで、カスタマイズの必要はほとんどなかった。
いずれ吸魔化すると告知された身としては、ライム達との具体的な繋がりは大変に心強い。
大袈裟に聞こえそうだが、真実、明日を生きる糧であり、今日アパートで一人になる孤独を克服する為の支えになる。もし、突然三日吸いの音が耳の奥で蘇った時、この端末を触れば、幾らかは落ち着くだろう。電源を入れるだけでも、ライム達と繋がっている事を実感できる筈だから。
「それから、勝利君」皆の注文を取りながら、湖守が話を追加する。「君は朝、無職だって言ってたけど。うちで働く気はない? 明日、その携帯端末について少し説明したいし、午前中に履歴書を持っておいで」
「いいんですか!?」自分でも恥ずかしくなる食いつきの良さで、勝利は立ち上がってしまった。「俺は明日、朝から空いています」
「じゃあ、朝の九時にしようか」
「はいっ!!」
ミカギとダブルワークが忍び笑いをしているのも構わず、勝利は約束を取りつけた。
「時給は千円。他の飲食店に負けていられないからね。それに、まかないを無料で出すよ。早出をしてくれれば、朝と昼。遅出がしたければ、昼と夜を出そう。週四日か五日は出てくれると嬉しいんだけど」
「五日出ます!! 早出とか遅出は、店の都合に合わせます。新小岩から市川だと、通勤が楽ですから」
「九時からになるし、朝は抜いておいで。うちでモーニングを出すよ」
湖守のサービスの良さに、「至れり尽くせりじゃないか」とダブルワークが勝利を冷やかした。
にんまりと破顔し、「仕事と飯~。嘘みたいです」と半分聞いていない状態で出されたコーヒーを啜る。
昨夜の勝利は、悲劇のただ中にいた。それが一転、生きる希望が次から次へと降ってくる。
つまり、より深く神々の世界と係わるように、と湖守達が望んでいるのだ。縫修師や縫修と自分との間には、最早断ち難い関係が構築された。
他の選択肢は無い。前に進め、の一択のみだ。
「じゃあ、明日、必ず来いよ」とダブルワークに、「帰ってゆっくり疲れを取るといい」とライムに見送られ、勝利は店を出た。
が、ポケットの中身が足らないと気づいて、ものの五分と歩かないうち、さも照れくさそうにまんぼう亭のドアを開ける。
「どうしたの?」と目を大きくする湖守に、赤面した勝利は頭を下げる。
「帰りの交通費を貸していただけませんか? 三郷に向かう時、財布を持って出なかったんです」
「悪ぃ!! 俺の所為か!?」とダブルワークが立ち上がり、ライムと共に階段で上を目指す。
-- 「48 開かずの雨戸」に続く --




