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縫修師ライム・ライト  作者: 野中炬燵
第1話 勝率を下げる男と新緑に彩られた神々
41/146

40 黒の縫修師が待つ

2017-05-22 縦書き対応、表現の修正。

「いい奴だな、お前は」ダブルワークが声の腕を延ばし、勝利の肩を軽く叩いた。「縫修しかないってのは本当だ。だが、全てを丸く収める技ではないってのも事実なんだ。驚くな、とは言えねぇ。だから、今の気持ちになった事を後悔しないでいてくれりゃあ御の字だ」

 勝利とライムの会話を聞いていたのか、ミカギも音声を送り込み話に加わる。

『私もそれに賛成~。今の気持ちだけ受け取っておくわね。それで、せめて縫修の成功だけはずっと祈っていてくれると嬉しいなぁ』

「勿論ですよ!!」勝利は断言した。高ぶった気持ちの維持について、次第に自信を失いつつも。それ故、敢えて声に出し、動揺した自分を鼓舞する。「だから…、俺の事をもう少し信じてください」

「わかった、わかった」

 まるで子供でもあやすように、ダブルワークが勝利の意気込みだけをそっと掬い上げ懐にしまう。

『で、いよいよ現場到着よ』

 ダブルワークの進行方向正面に、黒い点が現れた。

 横に流れて消えた鳥の影とは大きさが違う。

 尚も、尚も、大きくなるのか。鳥よりも遥かに大きな物体が空中で静止している為、と理解するまで数瞬かかった。

 既に吸魔が出現しているのかと身構えたが、黒い影から感じるものは炎の魔物特有の煮えたぎる殺気ではなく、むしろダブルワークやチリに近い宇宙の偉大さだった。

 夜空を見上げると月や金星などの独光と出会う事があれば、天の川の群星に圧倒される事もある。前者をチリ、後者をダブルワークとするなら、その黒いヴァイエルは、名著に「石炭袋」の異名を残した暗黒星雲だ。

 太陽光をその全身に浴びながらも一切黒光りする事なく、昼の世界を拒絶する力を常時放つ。機体色が全ての光を屈服させ吸収すら黒ならば、それを縫修機と認識するより他にない。

 更に接近するうち、やはり人型をしているのだと確信した。足が長く、足首を持たない仕様。宇宙の威光を塗布しなければ到底表現が不可能な機体の表面。バランスの極致とも言うべき組み上がりの妙など。鍛冶神の工房から生まれたヴァイエルの特徴を全て備えている。

 加えて、黒い神造神はダブルワークやチリに比べ突起の数が幾分多めだった。頭部や肩、腰、膝部分に別の影を持っているので、空中にいるとむしろその違いが際だってくる。大きさや基本のラインはダブルワーク型でありながら、膨張色を基調にした機体は自身が全くの別物である事を誇示している。

 何故だろう。手首が腕部から離れて見えるのは気の所為か。

 ダブルワークが至近で制止し細部の判別がつくようになると、四肢の縁取りによる悪戯なのだと理解した。腕部や脚部の端に、白い飾りが用いられている。

 銀でも、銀白色でもない。縁取りだけが、光沢を放つ純白なのだ。

「あれが、スールゥー。黒組のヴァイエルで、中にいる縫修師は、ツェルバ」ダブルワークが、微かに聞こえる舌打ちをした。「あいつら、会議に加わらなかった言い訳欲しさにパトロールをやってやがったな」

 モニターの正面中央よりやや右側に、空間の亀裂が発生していた。既に小さな穴まで開いており、スールゥーはダブルワーク達が到着する前からここに張りついていたと思われる。

 その黒組の行いを、事もあろうにライムが誉めた。

「よくやった、ツェルバ。おかげで、吸魔出現前に全員が揃う事ができた」

『別にあんたの為じゃないよ、人殺しライム』

 明らかに少年と思われる声が、突き放す言葉を毒と刃物の両方に変換し惨い形で仲間へと叩きつける。

 彼なのか。ライム達との同室を拒んでいるという縫修師は。

 勝利は毛羽立つ神経を宥めつつ、部外者として彼等に何も言うまい、と不本意ながら唇を噛んだ。

「てめぇ、いい加減にしろよ!!」憤慨すべき者が声の拳を振り上げ、ダブルワークらしい遠慮の無さで若い仲間を殴り返す。「湖守さんのかけた召集を無視しやがって!! 縫修だけが俺達の仕事じゃねぇ、っていつも言ってんだろ!?」

「よせ、ダブルワーク。吸魔の出現が近い」

「あの様子じゃ、後三分はかかる。こっちもプロなんだ。吸魔が飛び出す瞬間までしゃべくったりはしねぇよ」と冷静な側面を強調しつつ、決して叱責しないライムをそれとなく批判する。

 横で聞いていた勝利にも、ツェルバという少年が背伸びの延長上でライムにきつく接しているのではない、と理解する事ができた。伝わってくるのは、剥き出しの嫌悪感だ。醜悪な敵と相対しているのでもあるまいに、声をかける事さえ渋々という態度があまりにも露骨だ。

 ダブルワークは若神の潔癖性と受け止めている部分が、無いでもない。だが、頑なに空間の共有を拒絶し、仲間相手に言葉の刃物まで抜き放つ行為は、既にライムの人格否定にまで及んでいた。

 常態化すれば、誰であろうとも頬を歪ませたくなるだろう。

「ライム、お前は人が良すぎるんだよ」

 勝利が抱いていた思いを、ダブルワークが代弁した。ただ、それだけでは足らないような気がし、勝利は「気持ちを切り替えて、吸魔に備えましょう」と自分なりの言葉も敢えて添える。

「ありがとう、勝利君」

 空間の亀裂から一瞬だけ目を離し、美貌の紳士がちらりと勝利に視線で礼を告げた。

 聞きしに勝る状況に、勝利はいよいよライムを応援したくなる。自分も勝率低下という迷惑現象を振り撒いていただけに、自身ではどうにもならない事で周囲から煙たがられる辛さは身に染みている。

 正直なところ、ツェルバの言う「人殺し」という物騒な言葉が何を指すのか。非常に気になるのも事実だ。ダブルワークどころかライム自身も一切否定しないので、死んではならない者が犠牲になった過去は確かに存在するのだろう。

 おそらくは、縫修をする過程で。ライムの望まない何かが干渉し。

 空間の亀裂は徐々に拡大を続け、内側から体当たりをする吸魔の鼻先が見え隠れするようになった。ダブルワークの指摘する通り、最早一分も保ちはすまい。

 刺接点発見の準備を始め、ライムが沈黙した。彼の視線は空の一点を凝視し、声をかける事を躊躇いたくなる気迫が全身から漂い始める。

 人殺しになりたくないとの理由ではなく、人間に戻るべき命を断ってしまいたくないから。ライムは全力の縫修に臨もうとしている。

 やめようか、と思いつつ。勝利は、安全用のカバーで体を固定する前に、上体を大きく右に傾け、ライムの左手に自分の右手を遠慮がちに重ねた。

「ライムさんとミカギさんの縫修、俺が必ず成功率を上げます。思いきりやってください!!」

 突然手に触れるものがあり、一度は体を震わせたライムだが、状況はすぐに理解した。

 そして、力強く頷く。極上の笑みをうかべながら。

「ああ。君を信じよう。始めるぞ、勝利君」



          -- 「41 縫修機の戦い」に続く --


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