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縫修師ライム・ライト  作者: 野中炬燵
第1話 勝率を下げる男と新緑に彩られた神々
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24 神々の喪失  その1

2017-05-16 縦書き対応。

 湖守からは、自分の立てた仮説に対する一定以上の自信が伝わってくる。要は、同族ではないか、と仄めかしているのだ。

 乃宇里亜なるヴァイエルを使いこなし、ライム達追跡者を従えるほどの高位に立つ神と、一周勝利の名を持つ人間ごときが。神々にまで影響を及ぼすのなら同じ存在、という彼等なりの論法だ。

 最初は、笑いたくなった。あまりにも馬鹿げているので。

 しかし、一笑に付そうにも、湖守だけでなくライム達追跡者の本気度合いが逃げ道を塞ぐ。不可視の機体を操り吸魔を追跡する彼らが、自分に何を見出しているのか、まるで理解できなかった。

 いや。理解するのが怖かった、と白状すべきなのだろうか。

「やめましょう。時間が勿体ないです」千切りかけたパンをプレートに戻し、勝利は両手を膝の上に置く。「だって、おかしいでしょう。俺が、そんな古い神だなんて。俺には実家も家族もある。極普通の人間ですよ。あなた達は、そんな下らない話をする為に、俺をここまで連れて来たんですか?」

「下らない、って。おいッ!!」ダブルワークの表情が、鬣を逆立てた獅子の気迫を纏う。「縫修の邪魔をしたお前が、結果として、どれだけまずい事をしでかしたのか。まるでわかっちゃいねぇだろ!?」

「ええ、そうですよ。全然わかりません!!」売り言葉に買い言葉で、勝利はダブルワークにも飲まれず激高する。「ほら。その縫修とやらの話の方がよっぽど大切じゃないですか!! 何故、その大切な話の方をすぐ聞かせてくれないんですか!?」

 今度は、立ち上がりかけたダブルワークを、座ったままのライムが素早い動作で制した。

「湖守さん」と、ライムが上司を仰ぎ見る。

「ああ。彼には、色々な立場が同時に被りすぎている。…僕が急ぎすぎたようだな」

 狭いキッチンで踵を返すと、湖守はコップを一つ取り上げ、水を汲んで一気に呷る。

「悪かった、勝利君。君には、順を追って全部を説明しよう」

 湖守が敢えて「順を追って」の部分を強調した為、勝利にも神なる存在が言わんとするものを上手く受け取る事ができた。

「いきなり話せない理由があるんですね」

「ああ。我々の行う縫修を理解する為には、幾つかの予備知識を必要とする。別な世界を正しく理解する為には、どんなものでもきちんと手順を踏まないといけないものなのさ」

「別な世界…。本当にそうですね」

 勝利は、一度置いたパンを手に取ってじっと見つめた。

 どこにでもあるレーズン入りのバターロールなのに、このパンは、神が温めモーニングとして勝利に提供したものだ。敵ではない者をもてなす目的で。

 その重さを正しく理解できるのは、実際に天駆けるヴァイエルに乗り、吸魔と戦闘した時間をライム達と共有しているからだ。

「あの…。俺も俺で、色々と知った上で何かをしなくちゃいけないんですね。きっと…、俺の体質からこの先の縫修を守る為にも」

「正に、その通りだよ。君にはどうしても神格について自覚し、僕達を悪い影響から外してもらわないと困るんだ」湖守がにっこりと笑って、キッチンから上体を押し出してきた。「察しが良くて協力的な君には、かわいらしい兎リンゴも付けよう」

 まだ少し料理の残っているプレートに、湖守が赤い耳を持つリンゴのデザートを二つ添える。

「あ、ありがとうございます」

 やや頬を染めつつ、勝利はすっかり冷めてしまったパンを口の中に入れた。この歳で兎リンゴは正直恥ずかしいのだが、リンゴ自体は大変な好物なので、最後に回す事にする。

 兎リンゴは見つめているのだろう。無い筈の双眸で、神々と人間の重大なコミュニケーションの瞬間を。

「勝利君」と、ライムが改まった。「吸魔や三日吸い、そして縫修もだが、これら今起きている事の全ては、過去に起きた事の結果として噴出しているにすぎない。過去があっての、現状だ。君の正体については、私達も一旦忘れよう。過去から今に至るまでの経過は説明すると長くなるが、それでも君にとっては初めて聞く無関係ではない話だ。十分な時間はあるか?」

 時間についてを尋ねられたが、当然聞く覚悟についても問われている、と自覚する。

 冷たい眼差しにも拘わらず、ライムの声には突き放したものも強制力も一切含まれていない。優しいのか冷たいのか、ライムという男はよくわからない神だ。

「はい。無職ですからいくらでも」

 十分納得した上で、勝利は素直に応じた。

「じゃあ、時系列で僕から話そう」

 湖守が、カウンターについている面々全員から今一度オーダーを取り直す。

 そして、全員分のお代わりを整えた後、自分のコーヒーも用意して、「んー」と短く唸った。「じゃあ、やっぱり『神々の喪失』から始めるよ」

 ゆで卵と元々ついていたミカン、更には追加された兎リンゴを食べた後、勝利も、空のプレートとコーヒーの位置を入れ替えて腹を括る。

「お願いします」

「遠い遠い昔。もう地上に人間がいて、文字も道具も扱えるようになって随分経った頃なんだろう。僕達神サマの全員に、異変が起きた。ほとんどの神サマの神格が突然五や十以上も下げられて、今までと同じ事が同じようにできなくなった。それまでは、十キロ先の小麦畑の様子も五〇〇キロ先の果樹園の様子も、同じように知る事ができたのに、直接出向かないとわからなくなったんだ。つまりそれは、どういう事だと思う?」

 問われて、「直接覗く事ができなくなった、という事ですか」と勝利は返す。

 しかし、湖守は沈痛な様子で「それだけじゃないんだよ」と前置きをした。「十キロ先と五〇〇キロ先にある二つの場所を知るまでの間に、時間差というものが生まれるようになったんだ。つまり、距離の束縛を受けるようになってしまったんだよ。それから、時間の束縛も」

 至極当然ではないか、と思いかけたところで、ミカギが言葉を添える。

「まるで人間のように、ね」

 勝利の背筋を戦慄が走った。それで『喪失』なのか、と合点がゆく。

 神々は、ある日突然その在り様を変えられてしまったのだ。人間には想像のつかない方法によって。

 湖守が、腰に手を当て天井を仰ぐ。

「それまでも僕達は存在していたし、何かをしていたのだろうけど。不思議な事に、喪失前の事をまるで思い出せないんだ。何と名乗っていて、どんな役割を担い、何をしていたのか…。もしかしたら、全く別な性質を帯びた事で、別の法則の上にあるものを理解できなくなったしまったのかもしれない」

 しんとした中、チリがコーヒーを啜ってソーサーに置く。

「本来なら僕達は、この頃を人間で言う『元年』として過去と区分し、数字を積み上げる事から始めるべきだったんだ。でも、嘆きが強すぎて、誰もそこまで頭が回らなかった」

「どういう事なんですか?」

 勝利が、スツールに座ったまま僅かに身を乗り出す。

「記録というものが存在しないんだよ。『神々の喪失』時、全体を見渡しながら当時の様子を映したり、その日起きた事を残しているものが。勿論、誰の神格が幾つ下がったのか、とかも、誰一人把握していない。未だにね。…あれは、そういう混乱でもあった」



          -- 「25 神々の喪失  その2」に続く --


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