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縫修師ライム・ライト  作者: 野中炬燵
第1話 勝率を下げる男と新緑に彩られた神々
23/146

22 湖守と名乗る神  その1

2017-05-16 縦書き対応、表現の修正。

 ダブルワークとライムに続いて、勝利も暖かな店内に入る。

 見回すより早く、強烈な印象と共に視野を占めるものが飛び込んで来た。圧迫感が強く、体が前に進まなくなる。

 間仕切りを兼ねた二つの大きな壁だ。横長の一フロアを三つに仕切るようにして、厚みが一メートルはあろうかという壁兼柱が、二~三階部分の荷重を支えている。

 一階部分の全てを一フロアとして店舗が利用しているのだから、こうもなるのだろう。古いビルならではの構造だ。

 あまりにも障害物然としている為か、二つの壁は四面全てに整然とカラー・タイルが埋め込まれていた。内壁と天井が栗色なので、様々な色に輝くタイルは更に明るい色彩と光沢を添え店内を鮮やかに彩ってくれる。

 その壁を間仕切りとして上手く利用し、四角い四人卓と二人卓を窓際や壁際に配置していた。カウンターを除く全てのテーブルには、淡い緑の布製テーブルクロスがかけられている。

 そう。まんぼう亭には、入って左手奥にカウンターがあるのだ。

 最後尾の勝利がドアを閉めると、カラカラと金属製のベルが音を立てた。見渡しのきかない店内で人の出入りを知る為には、このくらいの工夫が必要という事なのだろう。

 まだ午前十時を回ったばかりだというのに、店内には音量を抑えたジャズが流れている。目隠しとして全ての窓に下げられているレースのカーテンに、しゃがれたサックスの音は今一つ上手く馴染んでいない。

 一方、栗色の壁や天井は煙草の脂を誤魔化す為かと思ったが、店内に喫煙の場ならではの刺激臭は漂っていなかった。照明は全ての席を上手く照らすように配置されており、磨り硝子製の傘にも掃除が行き届いている。

 統一感のない店内だが、この好感度は高かった。

 左手の壁を避け、道路と平行するI字型のカウンターに回り込むと、キッチンに立つ中年の男が顔を上げる。

「いらっしゃい」

「お邪魔します」と、勝利は深く会釈をした。高額な資産の話を聞いているので、頭は自然と水平になるまで下がる。

 湖守は、ライムと同じくらいの背をした温厚そうな紳士だった。飲食店を経営する事に向いた人当たりの良さがあり、オールバックに固めている黒髪と白い肌、深い彫り、そして虹彩は深い青という白人系を思わせる容姿をしている。

 顎には髭をはやしているが、くたびれた感じはまるでなく、むしろワイシャツと黒いエプロン姿に愛嬌を添えているから面白い。そんな湖守は、カウンター奥の狭いキッチンを巧みに行き来する。

 まんぼう亭のカウンターは、八人がけと意外に横に長い。それというのも、キッチンの幅をあまり大きく確保していない分、食器棚などが全て横に横にと逃げている為だ。

 カウンターで一番左の席の真正面は、冷蔵庫の側面という有様だ。湖守の上背で、かろうじてキッチンからその席に直接料理を出せる、といったところか。

 ニスの厚塗りをした白木製のカウンター台には、細かな傷など使い込んだ跡がある。このビルもそうだが、「金持ちほどケチだ」という名言を勝利はこっそり思い出した。

 今の時間、店内のテーブル席は全て空いており、カウンターだけが一部空席を埋めている。右端とその隣に二人が陣取って、ただ座っていた。飲食もせずに。

 自主的に水を用意してくれる様子がないので、従業員ではなさそうだ。かといって、緩みに来た客の雰囲気とも違う。

 後ろ姿から勝利が読み取れるものといったら、左が、腰まではあろうかという長い金髪を後ろに下ろしている女性風の人物。右が、赤い髪を左側だけ長く延ばしている青年風の人物という事だけだ。

「ただいま帰りました」ダブルワークが簡潔に報告し、I字型をしたカウンターの左端に座る。「記録は全てネットワークに上げてあります」

「ご苦労さま」

 マスターが、軽く頷いた。

「湖守さん」勝利を視線で指し示し、ライムが連れを紹介する。「彼が、一周勝利君です。私の一存でここに連れて来ました」

「うむ」と応じ、勝利をちらとも見ずに口調を固くする。「ライム。君の判断は正しい。ここからは、僕も手伝おう」

「お願いします」

 そのやりとりを終えてから、ようやくライムもダブルワークの隣に座った。

 カウンターの手前で尚も立ち続けているのは、最早勝利一人だ。

「ほら、勝利君。君も座って」湖守が、フロアとキッチンを仕切っているカウンターに勝利を誘導する。「ランチの仕込みを始めてるんだけど、まだモーニングも出せるよ。うちは、ぶどうパン二個と茹で卵一個に、果物、ドリンクが付く」

「はい…。じゃあ、モーニングを。ドリンクは、ホットコーヒーでお願いします」

「モーニングをホットコーヒーで」

「じゃ、俺は柚茶。いつもの濃さで」

 ダブルワークが注文したところで、ライムも「私は紅茶を」と付け加える。

「はい。柚茶を濃いめ。それからミルクティね」

「マスター。私とチリはホット」

「はい、ホット二つ」

 湖守の復唱が、突然勝利の耳に届かなくなった。

 チリと言っていたか。それは、先程吸魔と戦っていた赤いヴァイエルの名前ではないのか。



          -- 「23 湖守と名乗る神  その2」に続く --


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