待ってるよ、颯ちゃん(3)
突然思考を遮った物騒な言葉で我に返り、抱きしめられている事実にようやく気付いた私。
『ごごごごめんなさい!』と叫んで盛大に後ずさると、その拍子にベランダの内側の壁に後頭部をぶつけてしまった。地味に痛い。心が折れそう。
じわじわと広がる痛みに、ぶつけた部分を両手で押さえて蹲る。
「ぶっ」
「もうやだ・・・お嫁に行けない・・・」
「元から貰い手いないくせに」
「後頭部殴られるとか信じられない・・・」
「聞けよ今の怒るかツッコむかするところだろ」
ていうかそれ、自業自得な。
そう付け足した颯ちゃんは相変わらず無表情のまま立ち上がり、服の汚れを掃った。
「・・・で、立たないの?不法侵入者さん」
しゃがんだまま彼をただ見上げるだけの私に向かって、彼はそう問いかける。
「・・・立ちたい」
「なら立てよ」
「・・・・・・」
「・・・ったく、正直に言えバカ」
はあ、と呆れるようなため息を零し、私の前にしゃがむ彼。
よくよく考えると間近でしっかり彼の顔を拝むのは久々で、その整った顔立ちに私は思わず視線を逸らした。
「で、どっちの足痛めた?」
---こういうところだ。
「・・・なんで気付くの」
こういうところが、ずるいんだ。
「・・・右だな」
ほら、と私に背中を向ける颯ちゃん。
ああ、やっぱり、ずるい。
「いいの?」
「今日だけな」
「部屋に上がるのも?」
「・・・今日だけ、な」
どうして、なんて聞けなかった。
その答えを聞いてしまったら、きっと私の感情はもう抑えきれなくなるような気がした。
「颯ちゃんも、素直じゃないよ」
「・・・早く乗れ」
肩に乗せる手が、少し躊躇した。
もう、全然うまくいかない。こんなに颯ちゃんって、男の人だったっけ。
ここ最近ずっとベランダから声を掛けてしかいなかったから、こんなに近くで触れられる距離にいる颯ちゃんなんて、・・・そんなの全然、分からない。